※このお話ではハンジを男性として書いています。
※ナマエ視点
わたしには不思議な記憶がある。生まれて来るよりももっと前の───前世の記憶が。
前世の記憶が蘇ったのは突然だった。わたしが20歳になる少し前に本当に突然、全てを思い出したのだ。今世に生まれる前に生きていたのはとても美しくて、そして残酷な世界だった。
巨人の脅威に脅かされながら、50メートルもの壁に囲まれた狭い世界で生きていた。巨人に喰われた家族の仇を打つ為に調査兵団へと入団し、そこで出会った仲間たちと共に巨人を駆逐するべく、自由を手に入れるべく、人類は奮闘した。いつ死ぬかもわからない世界で。
「ナマエ?ナマエ!」
「…っ!」
「どうしたの?ボーッとして」
「え、あ……ごめん」
「週末だもんね、疲れたよね」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには会社の同期がいた。そうだ、わたしは今調査兵なんかじゃない。23歳、ごく普通のOLだ。
「ほら、ボーッとしてるうちに定時だよ。帰ろ?」
「うん、そだね。パソコン落とすね」
デスクの上を片付け、パソコンをシャットアウトして同期と退勤する。会社のエントランスを出たところで、同期は今日彼氏とデートだからとタクシーに乗って行ってしまった。ナマエも彼氏作ればいいのに、なんて言葉を残して。
同期が乗ったタクシーを見送ってわたしも帰路に着く。でも今日は週末。明日は休みだし、おひとり様でも気軽に入れそうな居酒屋でお酒を飲むのもいいな、なんてその場の思いつきで最寄り駅の一つ前で降りてみた。週末で賑わう繁華街を一人で歩くのも楽しいものだ。
───さっき話した記憶の話にはまだ続きがある。死と隣り合わせの残酷な世界だったが、そんな中でも幸せなことがあった。わたしには恋人がいたのだ。その恋人は調査兵団きっての変人と言われていたハンジ・ゾエ。巨人の生態に興味津々で、巨人の研究の為なら命をも差し出してしまいそうなくらい。そんな彼だけれど、真面目な時は真面目で普段が穏やかな分、怒るととても怖い。でも仲間想いで、頭も良くて、かっこいい。
仲間が死ぬ度に、巨人の秘密が明らかになる度に心が折れてしまいそうだったけど、ハンジがいてくれたから、ハンジが支えてくれたからあの世界で頑張って生きて来られた。結局わたしは、エレンとヒストリアを助ける為に礼拝堂でケニー率いる憲兵団との戦いでハンジを庇って殺されてしまったけれど。
「……ハンジは、最後まで生きて、自由を手に入れれたのかな」
わたしの小さな声は賑やかな声や音にすぐに掻き消された。
記憶を思い出してからずっとハンジのことばかりを考えている。彼氏を作らないのは、彼氏を作れないのは、まだわたしの心の中をハンジが埋めているからだ。ハンジも今を生きているなら、一目会いたいと思い続けていたら3年も経っていた。それで恋人なり、家族なりがいるなら、諦めがつくだろう。
「……会いたいなぁ、ハンジに」
なんて下を向いて歩いていたら、前から歩いて来た人にぶつかり、尻もちをついてしまった。
「チッ、痛ぇな!」
「……すみません、」
ぶつかった男性は舌打ちをしてさっさと去ってしまった。駅を降りた時は楽しい気持ちでいっぱいだったのに、今はハンジに会いたいことしか考えらなかった。惨めだなぁ、なんて考えていたら───
「大丈夫?立てるかい?」
「……あ、すみません」
誰か見知らぬ人が手を差し伸べてくれた。厚意に甘えてその手を握って立たせてもらい、顔を見ると───
「……え」
「え?」
「……は、んじ……?」
わたしを助けてくれたのは、記憶の中と髪型は少し違って見えるけれど、間違うことのない大好きな人。記憶を取り戻してから一日足りとも忘れたことのないハンジだった。
※ハンジ視点
気が付いた時には、私は科学も医療も何もかもが発達した現代に生きていた。正確に言うと現代に生まれ、前世の記憶が突然蘇っていた。
私が生きた前世は素晴らしくもあり、とても残酷な世界だった。
私が記憶を取り戻したのは7年前。20歳になった時。何の前触れもなく、突如として蘇った記憶に最初は困惑したけれどすぐに受け入れることが出来た。気掛かりなのは、私が死んだ後にリヴァイやアルミンたちはエレンを止める(殺す)ことが出来たのかと言うことと、私を庇って死んだ恋人ナマエのこと。
ナマエに会いたくてこの7年間、色々な手を尽くしてきたが手掛かりはない。もしかしたら私のように現代に生まれていないのか、生まれていたとしても遠い外国に生まれているのか、記憶を取り戻していないのか、そもそも生まれていないのか。何にせよ一目でいいから、ナマエに会いたい。そう願って、週末の繁華街を歩いていたら一人の女性が尻もちをついているのを見つけて思わず手を差し出した。
「大丈夫?立てるかい?」
「……あ、すみません」
立たせてやると、その女性はゆっくり私の顔を見た。そして───
「……え」
「え?」
「……は、んじ……?」
女性は、私が会いたいと焦がれたナマエに間違いなかった。