「ナマエ、良かったねぇ!本当に良かった!!」
「は…ハンジ分隊長、苦しいっ…」
「もう私は分隊長じゃありませーん」
「く、苦しい、ハンジさん…!」
ナマエが前世の記憶を取り戻してから数日後。仕事終わりのリヴァイを迎えに行った際にハンジや前世で共に戦った仲間たちに会った。ハンジは彼女に会えた喜びで大興奮だ。
「おいハンジ、離れろ」
隣でリヴァイは不機嫌そうにハンジの首根っこを掴んでひっぺがした。その光景は前世からまるで変わっていなくて思わず綻ぶように笑う。
「それにしてもこの世界でもナマエに会えるなんて嬉しいわ」
「わたしもだよ、ペトラ。それにエルヴィン団長にもお会い出来るなんて」
「前世でも優秀な兵士でリヴァイを支えてくれていたが、今世も変わらないとはな」
会社のエントランスから少し離れた駅のロータリーで懐かしい記憶を共有する。前世は決して美しい思い出ばかりではなく、辛いことも多かったが今こうして平和な世界で生きて出会えたことが本当に奇跡だと思う。
「エルヴィン団長も全然変わってなくて安心しました」
「あっナマエ、聞いてよ。エルヴィンの今の名前何だと思う?」
「名前…?」
「『慎之介(しんのすけ)』って言うんだよ!この顔で!可笑しいよね!」
「慎之介…………ぶふっ」
「そういうお前も『善治(よしはる)』だろうが」
「ぶはっ!!」
ナマエは失礼だとわかっていながらもエルヴィンとハンジの顔を交互に見て笑いが止まらないようだ。
「ナマエ、そろそろ行くぞ」
腹を押さえて笑うナマエの手首を掴み、改札ではなくタクシーの待ち列の方へと歩き出す。そんな二人をハンジが止めようと声を掛けた。
「えー!?せっかく記憶が戻ったナマエと再会出来たのに、どっかで一杯飲もうよ!」
「悪いが今日だけは無理だ、じゃあな」
「リヴァイ…?」
「ちぇっ、連れないなぁ」
エルヴィン、ハンジ、ペトラに見送られタクシーに乗り込んで行き先を告げる。そこは家ではなかったのでナマエは疑問を抱きながら問うた。
「どこに行くの?」
「着けばわかる」
何やらはっきりとしないリヴァイを不思議に思うが以前このタクシー乗り場でタクシーに乗り込んだ時はただ無言の彼が怖かったことしか覚えていない。でも今は繋がれた手は優しくて温かい。ナマエはその手を力強く握り返した。
しばらく国道を走ったタクシーが行き着いた先は、ナマエにとってもリヴァイにとっても思い入れのある場所だった。
「……ここ」
「俺たちが今世で初めて出会った場所だ」
ナマエが施設を出てからアルバイトしていた居酒屋。二人が出会った場所。そこは明かりも点いていなければ暖簾もない、少し廃れていて閉店の貼り紙があった。
「閉店、してたんだ……」
「ああ」
数年だったが世話になった居酒屋は今は閉店となりただ大きな無機物となっていた。周りの店は明かりが灯ってキラキラ見えるのにその居酒屋は暗く、一つだけぽつんと浮いている。ナマエは思い出が詰まった店での出来事を思い出して唇を噛み締めた。
「ナマエ」
呆然と立ち尽くす彼女の名前を呼ぶ。視線が己の方へ向くのがわかり、リヴァイもナマエの顔を目で捉えた。
「ここは俺とお前が出会った場所だったな」
「…そうだね」
「閉店しちまってたのは残念だが、だからと言って思い出が消えるわけじゃねぇ」
「う、うん…」
「前世でお前のことを殺したことも、消えることはない」
「でもそれは……ッ!」
声を荒らげたナマエの唇にそっと人差し指で触れて言葉を止めた。前世───残酷な世界で僅かな幸せを掴みながら生きていた最中、恋人によって命を奪われた。それは今世でもナマエを苦しめた原因の一つとなり、和解した今でもリヴァイから罪悪感が消えることはない。
「それでもナマエは、俺の隣にいることを選んでくれた」
「………」
「罪悪感と後悔は俺は今世も背負う。だがそれ以上にお前を愛してる」
「………」
「前は取り乱しちまったがナマエを愛すのは、守るのは……後にも先にも俺だけだ」
グレイの三白眼が真っ直ぐにナマエの目を見据えて言葉を紡いでいく。それはしっかりと彼女の心に届いていた。唇を塞いでいた人差し指が離れ、リヴァイの手はナマエの左手を取る。
「だから。ナマエ、結婚しよう」
「…!」
取った手のひらを優しく持ち、薬指にするりと嵌められた指輪。大きな一粒のダイヤモンドがその存在感を放っている。
「リヴァイ……」
「………」
「ありがとう」
予想もしていなかったプロポーズに驚きつつもナマエにはイエス以外の選択肢など存在しなかった。リヴァイの言った通り、前世の記憶を取り戻した以上殺された記憶が消えるわけではない。けれどそれが前世の彼なりの愛の形なのだから、前世も今世も引っ括めて受け入れたいと思った。
「わたしを、お嫁さんにしてください」
涙を流しながら笑顔でそう言った。前世では叶わなかったこと。だからこそ今世はそんな前世の分も幸せになりたくて必死なのだ。
「ナマエ」
「ん…」
優しく唇が重なる。屋外なのに、道端なのに、そんなことはもう二人は考えない。リヴァイの右手とナマエの左手の指を絡め合って繋ぎ直す。
「リヴァイ。わたし幸せだよ」
「俺もだ」
───どうか、この幸せが永久に続きますように。
あとがき
こんにちは!葵桜です。
ようやく、ようやく完結致しました。年内には、と思っていたのでギリギリ滑り込みで間に合って良かったです。前世も今世も丸ごと受け止めちゃう器の大きい兵長って素敵じゃないですか…()
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました!
2020 1231