ぺろりと食べた幸せ者



最後にリヴァイと会った日からもう3週間以上もの日が経っていた。今までならどんなに忙しくてもこんなに日が空いたことはなかったのに、どれだけ店で待っていようと彼は現れなかった。
この会えない空白の時間がリヴァイを更に好きになっていく一方で、幻滅されたのではないか好きではなくなったのではないかなど、不安も積もっていく。

「また来てくれるって、言ったのに…」

嘘吐き、とは言えなかった。もしかしたら仕事が忙しいのかもしれない。前向きに考えようにもあの日身体に触れられずに空を切っただけのリヴァイの手のひらが2人の距離を表しているみたいで苦しくなった。ナマエはリヴァイが調査兵団に所属していることは知らない。だから店で待つしか出来ないでいた。来る日も来る日もきっと今日こそリヴァイが来てくれると信じて、ナマエは舞い続けた。
昼のステージを終え、休憩を取る為に私服に着替えて店の外に出れば金髪で長身の男に声を掛けられた。

「ちょっといいかな」
「…!」

ナマエは思わず身構えたが、男は笑って適度な距離を保ったまま言葉を続けた。

「私はエルヴィン・スミス。調査兵団の団長を務めさせてもらってる者だよ」
「調査兵団の団長様…?わたしに一体何のご用でしょう?」

市街地の為、かなり目立つのでジャケットこそ脱いでいるものの調査兵団の団長はそれなりの雰囲気と威厳を醸し出していた。

「君はリヴァイという男を知っているね?」
「はい……リヴァイさんも調査兵の方なんですか?」
「ああ、そうだ。その様子だと知らなかったみたいだね」

ここでようやくリヴァイが調査兵団に所属することを知ったナマエ。彼も隠していたわけではないが調査兵と言うだけであまり良くない顔をする人は少なくはないのだ。

「君に一つだけ知っててもらいたい」
「……」
「元々は地下街出身であまり柄の良い奴とは言えない。罪さえ犯したことだってある」

エルヴィンの口からはナマエの知らないリヴァイの過去、姿が紡がれていく。罪は罪だし地下街に住む人間は地上に住む人間からすると印象はかなり悪い。けれど───

「だからって、わたしはリヴァイさんを軽蔑したりしません。今は今だし、リヴァイさんのいいところはちゃんと知っています」

ナマエは強い意志を持った瞳でエルヴィンを見上げながら言う。これにはエルヴィンも驚いて少しだけ目を見開いた。

「団長様がわたしにリヴァイさんの悪いところを伝えて幻滅させたいのなら……申し訳ないですがそれは聞きません。わたしはリヴァイさんを信じてますから」

調査兵団団長であるエルヴィンに対して怯むことなく己の意志を伝え切ったナマエ。そう、彼女が今信じているのはリヴァイしかいないのだ。エルヴィンは驚きこそしたものの次第に口角を上げて更には声を上げて笑った。

「はっはっは!リヴァイは幸せ者だな」
「?」
「私は幻滅させようとして、リヴァイのことを言ったわけじゃないんだ。今でこそ人類最強の兵士であり我らの希望だがあいつは暗い過去を抱えている。きっと君なら支えになってくれるだろうと思ってな」

エルヴィンは穏やかな表情でそう伝えるとナマエの表情も柔らかく解けていく。エルヴィンは確信したのだ。人類の希望を背負っていながら弱音は一切吐かないリヴァイを支えてやれるのはナマエしかいないと。それを伝えたかったのだ。

「おっと、すまない。時間だ」
「団長様…ありがとうございました」
「リヴァイのことは頼んだよ」
「はい!」

まるで父親のようなことを言い残し、近くに停まってあった馬車に乗り込んでエルヴィンは行ってしまった。本当にそれだけを言う為にここへ来たのだろう。3週間以上も会えない不安が積もっていたがナマエはリヴァイを信じようと更に決意を固くした。次に会った時は必ず───








最後にナマエと会った日からもう3週間以上もの日が経っていた。今までならどんなに忙しくてもこんなに日が空いたことはなかったのに、今は彼女に会いに行く気が起きないリヴァイは黙々と机上に積まれた書類にペンを走らせていた。
別にナマエのことが嫌になった訳ではない。心の底から好きだと胸を張って言えるし、またあの可憐な舞いを見たいと思う。

「…チッ」

どんなに仕事をしていても、訓練中でも頭から離れてはくれないナマエの全てに舌を打つ。そのせいで昨日は部下であるペトラやエルドたちに心配される始末だ。リヴァイは一旦ペンを置き、休憩がてら紅茶でも淹れようと立ち上がったところでノックもなしに扉が開く。

「やっほー!リヴァイ、元気?」
「おい、ノックしやがれクソメガネ」
「うわ……いつもに増して機嫌悪いなぁ」
「黙れ。用件は何だ」

お決まりの登場の仕方を披露したハンジにイラつきを覚えながらも用件を問う。ただでさえ気が立って仕方ないのに今はこんなやつの相手をしてられないと苛立ちを隠さない。ハンジは虫の居所が悪いリヴァイに慣れている為か全く臆することなく持ってきた書類を手渡した。

「はいこれ、報告書」
「ったく、毎度テメェの書類は汚ぇな」
「これでも頑張ってるんだよ」
「…チッ、用が済んだらさっさと、」
「ふーん。リヴァイが恋煩いだって本当だったんだ」

さっさと出て行け、と全てを言い終わる前にハンジが興味深そうな瞳で言う。その言葉にぴくりと眉毛を動かして反応したリヴァイが可笑しかったのかハンジはケラケラと苛立つ彼とは正反対に呑気そうに笑った。

「いやぁ、ここ最近のリヴァイさ、仕事してても何をしてても上の空って言うか。変だなーって思ってたらエルヴィンがどっかの酒場の踊り子ちゃんに一目惚れしただなんて言ってくるし、リヴァイ班の皆は『兵長が変なんです!』って心配してるしさぁ。なに、その歳で純愛なんてしてるの?似合わないなー」
「……そろそろ黙れよ」

ペラペラと黙ることを知らないハンジはまだ喋ろうとするので、リヴァイは苛立ちをそのままぶつけるように彼の尻を思い切り蹴り上げた。そうすれば痛いよ、だなんて声が返ってくる。

「本気で蹴ったよね、今」
「テメェがうるせぇからだろ」

ギッ、とハンジを睨み付けるリヴァイ。その鋭い眼差しは巨人ですら震え上がりそうなくらいだ。けれど彼にはそんなもの通用するはずもないのは長い付き合いだから重々理解している。現に蹴られた上に睨まれているのにわざとらしく肩を竦めて笑っている。

「そう言えばさ、ちょっと前に外泊届け出してたよね。それって例の踊り子ちゃんと?もしかして手ェ出しちゃったとか?」
「おいクソメガネ。俺が我慢してるうちにさっさと部屋を出るか、今ここで俺に削がれるかどっちか選べ」
「削がれるのは嫌だけどリヴァイの純愛話は気になるなぁ」

蹴っても睨み付けても脅しても、ヘラヘラと笑ってまだ居座ろうとするハンジにリヴァイは苛立ちを通り越して呆れ、溜息をつく。この際誰にも相談出来ずにいたことを話してしまおうと腹を括った。

「……なぁ」
「ん?なになに?」
「触れたいと思うのに、罪で塗れた汚い手で汚したくねぇと思うのは……おかしいか?」

シン、と静まり返る部屋。先程までぎゃあぎゃあとうるさく騒いでいたハンジが急に押し黙ったせいだ。この沈黙が恥ずかしくなり、リヴァイは彼の返事を待たずに口を開く。

「……今のは忘れ、」
「おかしいと思う」

リヴァイの言葉に被せるように返ってきた返事。声のトーンは変わらないのにハンジの表情は先程とは違い真剣なものになっている。

「だってさ、リヴァイは踊り子ちゃんが好きなんだろう?その子がどんな子かは私はわからないけど、好きなら好きでいいじゃないか。それに罪だ何だって言うけどそれはもう昔の話!今は人類の希望を背負ってる兵士長でしょ。ファーランたちのことを忘れろ、なんて言わないよ。でも過去に囚われすぎてるのはよくないと思う。その踊り子ちゃんのことが大事ならちゃんと大事にしてあげたら?きっとその子からすればリヴァイの手は汚いものなんかじゃないと思うよ」

長い付き合いだがここまで真面目なことを言うハンジをほぼ初めて見た、と思った。けれどその言葉は確実にリヴァイに届いている。苛立ちに染まっていた表情は次第に晴れていった。と言ってもいつもの無愛想なものには変わりはないが。

「…ハンジのくせに、言うじゃねぇか」
「せっかく人がいいこと言ったのに、一言余計だよ」

真面目な表情から一変、またヘラッと笑うハンジにリヴァイはどこか安心するような落ち着くような気持ちを覚えた。

「リヴァイには後悔してほしくないから」
「……ああ」
「頑張って」
「行ってくる」

そう告げてハンジの横を通り過ぎてドアノブに手を掛けたところでチラリと振り返る。

「…おい、ハンジ」
「何?」
「今回だけテメェの汚ぇ書類は許してやる」
「えー、毎回許してほしいなぁ」
「あんまり調子乗るんじゃねぇよ」
「あはは、嘘だよ」
「………」

リヴァイは着替えることも忘れて部屋を後にした。今から出ればナマエの夜のステージには間に合うはず。今すぐ会いたくて抱き締めたくて仕方ないくらい愛おしいナマエを想いながら、酒場へ向かって走った。次に会った時にはもう躊躇わないと───


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