───数年後。
ナマエは溜息を一つついて、調査兵団本部内をずんずんと進む。行く先は夫であるリヴァイの執務室。前に到着して指の骨でノックをすると、入室を許可する声がしたのでゆっくりと扉を開いた。
「あ!リィシャ、やっぱりここにいたのね」
「あーあ。見つかっちゃった!」
「もう、パパのお仕事の邪魔はしちゃいけないでしょ?」
「だってー!リィシャ、パパ好きだもん。パパもいていいって!」
椅子に座って書類と向き合うリヴァイの隣でかわいらしいうさぎのぬいぐるみを大事そうに抱えて座り込むのは、リヴァイとナマエの愛娘リィシャ。夫の溺愛ぶりのせいで、娘は随分なパパっ子になってしまっていた。それはいいとしても、こうしてナマエの目を盗んではリヴァイのところへ来てしまう癖がついていた。
「パパとは帰ってきたら遊べるでしょ?忙しいんだから、今はママと遊ぼうよ」
「えーーー!」
「"えー"じゃない!」
「やだ!リィシャ帰んない!」
「わがままはいけません!」
「…まぁ、少しくらいいいんじゃねぇか」
「パパ!少し甘やかしすぎです!」
「ほーら。パパはいいって言うでしょ?」
ふふん、と言った表情でリヴァイの後ろに隠れるリィシャにナマエは頭を抱えた。4歳になった娘は口が達者になり、ああ言えばこう言うといった口喧嘩のようなことが増えた。そしてリヴァイは娘になんだかんだで甘い為、いくら叱っても結局はナマエが折れてしまうことが多かった。
「リィシャ」
「なぁに、パパ?」
「午後からは大事な会議がある。それまでにはナマエと一緒に帰れ。いいな」
「えーーー!パパはリィシャより、かいぎの方がだいじなの!?」
「………そんな言葉、一体いつどこで覚えてきやがったんだ」
リヴァイとリィシャのやり取りに思わず笑ってしまうが、毎日が成長盛りな娘はいいことも悪いこともすぐに吸収してそれを発揮してしまう。毎回、躾の為注意はするものの、覚えの早さに驚くことも少なくない。
すると、ノックもなしに扉が開いたと同時に元気な声が聞こえた。
「リヴァイにナマエ、やっほー!あ、リィシャも来てたんだね」
「おい、部屋へ入る時はノックをしろと何度言ったらわかる」
「あっ、くそめがねだー!」
「くそ…!?」
「リィシャ!!!!」
その声の主はハンジであり、ノックをしないことを咎められていた矢先にリィシャが放った言葉で思わずその場が凍り付いた。あまりの口の悪さにナマエはリィシャを叱りつけるが当の本人は悪気なさそうな表情をしている。
「ハンジさん、娘がすみません…!リィシャ、だめでしょう!」
「だって、パパがこの人のこと、くそめがねって言ってるよ?」
「パパの真似ばっかりしないの!もう…リヴァイさんのせいですからね!」
「あっはっはっは!リィシャはリヴァイに似ちゃったんだねー!」
悪口を言われたというのに爆笑をかますハンジにナマエは申し訳ないと思う反面で、ハンジで良かったと安堵してしまう。この口の悪さはやはり父親譲りかと本日何度目かわからない溜息をついた。父親であるリヴァイは満更でもない顔をして書類にペンを走らせている。
「……俺似か。悪くねぇな」
「リヴァイさん!!」
ぽろり、と零した言葉によりナマエはついにぷりぷり怒ってそっぽを向いてしまった。そんな妻の姿も愛らしくてリヴァイはペンを一旦置いて立ち上がるとナマエの腕を引いて抱き締めた。
「ちょ、皆の前なのに…!」
「それなら心配いらねぇよ」
娘がいる手前、抵抗するナマエだがリヴァイの腕は解けず見ろよ、と目配せされた先を辿ると気を利かせたハンジがリィシャの目を塞いでいた。こんな時だけは気が利くと呆れるナマエに対してハンジはウインクを決めてきたので、少しだけイラッとした。
「なんにも見えない…」
「リィシャ、パパとママだって2人の時間が必要でしょ?」
「……ふたりのじかん?それは何をするじかんなの?」
「ふふん、教えてほしいかい?」
「ちょっと、ハンジさん…!」
「気が利くと思ったらこれか」
ニヤニヤとこの状況を面白がっているハンジにいよいよダメだ、と思った2人は慌ててリィシャらのところに駆け寄り、娘からハンジを引っペがす。視界が自由になったリィシャは純粋な瞳でリヴァイとナマエを見上げた。
「ママ。ふたりのじかんってなぁに?」
「えっ…と、」
決してやましいことを指している言葉ではないのだが、まだ僅か4つの子どもにどう説明するべきか言葉が見つからずに考えあぐねていると───
「チッ……おいハンジ。そろそろ会議の時間だ、行くぞ」
「え!パパ行っちゃうの?」
と、促すリヴァイの声に反応したリィシャが彼の手を引っ張った。娘の尋問(?)から解放されたナマエは安堵の溜息を一つついた。
「さっき言っただろう。お前もそろそろナマエと帰れ」
「パパのお仕事してるところ、もっと見たかったのになぁ」
「いつでも見れるだろうが。あんまりナマエを困らせてやるなよ」
言葉は少し乱暴だが、大きな手のひらでリィシャの頭を撫でてやると娘は嬉しそうな、納得していないような表情をしている。
「ほら、リィシャ。パパに頑張ってねって言わなきゃ」
「………お仕事、がんばってね?リィシャ、いい子にしてるから」
「ああ。ありがとうな」
ふ、と僅かな笑みを零してリヴァイはハンジと共に部屋を後にする。会議室へ向かう途中ハンジに散々いじられまくり強烈な蹴りをお見舞いした話はナマエとリィシャは知らない。
また、2人も少し後に執務室を後にして我が家へと向かった。リヴァイの机の上に愛しい妻と娘の置き手紙を残して。
『リヴァイさん、お仕事頑張ってくださいね』
『パパだいすき!』
綺麗な字と、まだ覚えたてのガタガタな字で綴られた2枚の手紙の存在を会議後に知ったリヴァイは一人、執務室で緩む口元を押さえた。
*
夜、仕事を終えてリヴァイが自宅に帰るとナマエが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、リヴァイさん」
「ああ、ただいま」
おかえり、のキスを一つしてリヴァイからジャケットを受け取り、そのまま寝室へと向かう。ナマエはジャケットをクローゼットに仕舞い、彼の部屋着を取り出して渡した。
「リィシャは寝たのか」
「うん。パパを待ってるって頑張ってたんだけど、今日はお昼寝もろくにしないでずっと遊んでたから疲れてたみたいで」
ベッドの上ですやすやと眠るリィシャを少し残念そうに見つめるリヴァイ。そんな彼を愛しく思ったナマエはごはん温めますね、と伝えて寝室を出た。
少ししてからラフな格好に着替えたリヴァイがやってきてダイニングチェアに腰掛ける。パンと野菜スープとソーセージが湯気といい香りを立てている。
「お仕事お疲れ様です」
「ああ」
向かいにはナマエが座ってにこりと微笑んでいる。妻がいて、娘がいるその幸せを噛み締めながら熱々の野菜スープを啜った。優しい味付けをゆっくり味わいつつ、リヴァイは口を開く。
「…手紙、嬉しかった」
「良かった。リィシャがお手紙書きたいって言ったんです」
「ふ、お前……手紙の端に小せぇ字で"好きです"って書いてたな」
「あ。バレちゃいましたか……大きく書くのは恥ずかしくて」
えへへ、と照れ笑いするナマエにリヴァイは堂々としろよと返すと、リィシャが文字を読めるようになってきたからと少し焦った風に言う。
「なに拗ねてんだよ」
「……リヴァイさんが忙しい中で家族を大切にしてくれているのはすごく嬉しいんです。でも…」
言葉を詰まらせるナマエ。拗ねているような恥ずかしがっているような、ころころと表情が変わるのが面白いとリヴァイは黙って彼女の顔を見つめる。
「………たまには、2人だけの時間も、欲しいなって」
「………」
虫の音のようなとても小さな声で紡がれた言葉だったがそれはしっかりとリヴァイの耳に届いていた。仕事やリィシャばかりを優先していたわけではないがここ最近はあまり2人きりになることがなく、夜の営みも前回から少し時間が開いていた。何かとリィシャや兵団の仲間たちといることが多かったので、リヴァイは寂しい思いをさせてしまったと罪悪感を覚えた。
「…気づいてやれなくて悪かった」
「あっ、違くって…」
「何が違うんだ?」
「……や、違くは、ないんです、けど、」
ナマエは言ってしまった後に少しだけ後悔した。別にリヴァイに謝ってほしかったわけではないし、自分が蔑ろにされているなんて思ったこともない。とても大切にされていると感じているのに、一度幸せを手にしてしまうと人間とは更に欲深くなってしまう生き物でもっと愛されたいと思ってしまった自分を責めたくなった。
「ナマエ、こっちへこい」
「え…ごはんは?」
「後だ。今はお前との時間を優先したい」
「…ッ」
ダイニングチェアから立ち上がり、ソファに座って手招きをするリヴァイの元へゆっくりと歩み寄る。まだ半分も残っている夕飯らは既に冷めて湯気が立たなくなっていた。
「もっと近寄れ」
「…リヴァイさん」
ソファに腰掛けたリヴァイにぐいっと腰を引かれて2人の距離は一気に縮まった。彼の膝の上にナマエが乗っかる体勢になっていて、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
「……ごめんなさい。こんなに幸せにしてもらってるのに、わがままばっかり言って…」
「それはわがままじゃねぇだろ。ナマエはすぐそうやって逃げようとする」
「うう……」
ぎゅ、と抱き締められて温もりを感じる。それがこの上ないくらいに幸せでナマエはリヴァイの肩に顔を埋めた。
「仕事も、リィシャも、もちろん大切だ。けどな、ナマエよ」
半ば無理やりリヴァイの手のひらによって顔を上げさせられ、視線が交わる。眉尻を下げてふるふると震えるナマエはまるで小動物のように愛らしい。
「俺の中で一番大切なのはお前だ。寂しいなら言え。お前の本音を俺に聞かせろ」
「……わたし、」
「ああ」
「…リヴァイさんにたくさん構ってほしい。たくさんちゅーしてほしい。触って、ほしい…」
泣きそうになりながら告げられた言葉にリヴァイはニィッと笑ってナマエの口を己のそれで塞いだ。あんまりにも可愛くていきなり舌を挿れてしまったがナマエも受け入れてぎこちなく舌を絡めてくる。
「ふ、ぁ……んッ、んッ」
「はッ……ふ、ん、」
静かな部屋に2人の息遣いだけが響く。やがて唇が離れると名残惜しそうに糸が引いていた。
「…は、やべぇ」
「ッ、りばいさん…」
ディープなキスのせいで呂律が上手く回らないナマエと欲がむくむくと湧き上がるリヴァイ。ここは家で、仲間もいなければリィシャもぐっすり夢の中だ。2人の邪魔をする者は誰もいない───リヴァイの理性がぷつりと切れるのは容易だった。
「あっ…!」
ぐりん、とソファに押し倒されたナマエは涙が溜まった瞳でリヴァイを見上げた。そこに映るのは獲物をみつけた狼のように怪しく笑うリヴァイ。思わず逃げようと腰を引くが、すぐにバレて引き戻される。
「逃げんなよ。たくさん触れと言ったのはお前だろう」
「あ、あ、リヴァイさん……」
ちう、と首筋に吸い付けばチリっとした痛みと鮮やかに咲く痕。リヴァイはその痕を人差し指でやらしくなぞった。
「お前を逃がす気なんてさらさらねぇ。ずっと俺のモンだ」
「…はい」
小さく返事をすれば満足そうな顔をして、また一つ痕をつけていく。首筋、鎖骨、胸とこれでもかと言うくらいに。そうすることでナマエの逃げ道なんて塞いでしまえばいいと。
「わたしだって…」
リヴァイの唇が身体から離れた瞬間にナマエは上体を起こして、彼の首筋に噛み付いた。決して痛くないわけではなかったが、愛情だと思えばゾクゾクと嬉しくなり更にリヴァイの欲を掻き立てた。
「…ナマエが痕つけるの、珍しいな」
「だって、リヴァイさんはわたしの、なんだもん…」
「そうだな」
綺麗に残った歯型から愛されていると直で感じることができる。こんなにも妻が、旦那が愛おしいなんて。
「ナマエ、今夜は手加減してやれそうにない」
「手加減…しないで、だいじょぶです。リヴァイさんを早く感じたい…」
「ッとに、リィシャと同じだ。どこでそんな煽りゼリフ覚えやがった」
なんて言いながらもしっかりと煽られたリヴァイはもう限界だった。また噛み付くようなキスをして、服とブラジャーをたくし上げて、右手で胸を少し乱暴に揉みしだく。前回から期間が空いた分、と言っても1週間程度だがもう歯止めは利きそうにない。
「ぷぁッ……りばい、さん……好き。大好きッ」
「俺もだ、ナマエ」
失うものが多すぎる残酷な世界でやっと手にした幸せ。それを離してやるものかと言わんばかりに強く繋がれた左手に薬指にはキラリと輝くシルバーリング。いつまでも幸せが続くようにと2人は強く願った。
リヴァイと、ナマエと、そしてリィシャ、もちろん兵団の仲間たちといつか手にする自由を思って。
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あとがき
こんにちは、管理人の葵桜です。
リヴァイ兵長の中編何とか完結致しました!進撃の原作は読んでいて辛いことが多いので、そんな世界でも幸せになってほしくてこのお話を書きました。少しでも進撃ファンの皆様が幸せな気持ちになれたらいいなぁ、と願っています。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
2019 0701