早いもので、ナマエが妊娠したと発覚したあの日から月日が経ち、既に臨月を迎えていた。最初はわからなかったがどんどんお腹が丸く膨らんでいる。
「随分大きくなったなぁ」
「性別はどっちだろうな?」
「ナマエに似た女の子はかわいいけど、リヴァイ似の女の子はヤだね」
臨月に入り、実際いつ産まれてもおかしくない時期の為ナマエはほぼ仕事はせずリヴァイと2人で過ごす部屋でゆっくりしていることが多かった。もちろん気分転換に外に出て風を浴びたり、書類仕事は稀にする。そんな彼女を思ってか休憩時間になると調査兵団の仲間たちが部屋に遊びに訪れることが増えていた。今もナナバ、ミケ、ハンジが訪れて優しくお腹を撫でてくれていた。
「ナマエはどっちが欲しいんだい?男か女か」
「んー……特にこだわりはないですね」
「リヴァイはなんて言ってるの?」
「リヴァイさんも特には。俺とお前のガキならどっちでもいいだろって」
「あのリヴァイもそんなこと言うようになったんだ。産まれる前から溺愛だね、あはははっ」
面白おかしそうに笑うハンジに釣られてミケやナナバもクスッと笑う。確かにあの目付きの鋭い無愛想な男がこれから産まれてくる子どもを既に溺愛しているなど誰が想像出来ようか。
「っと、そろそろ時間だな」
「じゃあまた、ナマエ」
「気をつけるんだよ。また来るからさ」
「はい。ありがとうございました」
3人が出て行った途端、しんと静まり返る広い部屋。2人で生活するにはちょうどいい広さだが、こうして一人になると己が世界から隔離されたような気がして何だか落ち着かない。
「ちょっと、お散歩しようかな」
ナマエは重たい身体を何とか支えて立ち上がり、部屋を出た。屋外に出ると柔らかな風が吹き抜ける。太陽の眩しさに少し目を細めながらも、空を見上げた。
「気持ちいい…」
「こんなとこで何してやがる」
背後から気配なく掛けられた声に少し肩をビクつかせたが、聞き慣れた声に安心して振り返ると想像していた通りの声の主が不機嫌そうに立っていた。その不機嫌の理由はわかりきっていてナマエは眉を下げた。
「リヴァイさん、ごめんなさい。少し風を浴びたくて」
「お前だけの身体じゃねぇんだ、あまり無理はするなよ」
ナマエだけでなく、お腹の中にいる子どものことも気にかけているリヴァイ。大きく膨らんだお腹にそっと手を乗せた。
「……もうすぐ、か」
「はい」
「ガキが出来たってわかった日から早かったな」
思い返せば、子どもが出来たと知った時は嬉しさと同時にもしかすると子どもなんていらないと拒絶されるのではないかと恐怖を覚えた。それはすぐにリヴァイによって拭われたが次は己が幸せになることや母親になることへの不安が募った。それもリヴァイが包み込んで背負ってくれた。自分の器の小ささに落ち込んだこともあったが日に日に膨らんでいくお腹や薬指にある指輪を見ると、頑張らなくてはと意気込めるきっかけが出来た。
「あと少しで会えますね」
「ああ」
「名前は、どうしましょうか」
「産まれてからでも遅くはねぇだろ」
「ふふふ。そうですね」
2人して穏やかな表情を浮かべる。母親と父親の声に反応してか中の子どもが元気良くお腹を蹴った。
「ナマエ」
「…ん、」
名前を呼ばれたかと思うと、唇が重なった。それはほんの僅かな時間だったがナマエは頬をほんのり赤く染めた。
「…誰かに見られちゃいます」
「見せつけりゃいい」
「んんッ」
再度重なる唇。今度のキスは先程よりも長かった。誰かに見られてしまうかもしれないと思いながらもナマエはリヴァイの想いをしっかりと受け止める。唇が離れた直後、びゅうっと強めの風が2人の隙間を通り抜けた。
「風、強くなってきましたね」
「そうだな」
「そろそろ戻ります」
「ああ、部屋まで送る」
「一人で帰れますよ?」
「送る」
「…ふふ、わかりました」
譲らないリヴァイにナマエが折れて、くすくすと笑った。
「わっ…!?」
「きゃ!?」
「ナマエ!」
建物の中に入り、部屋に向かって歩いている途中曲がり角で急に飛び出してきた兵士と危うくぶつかりかけた。リヴァイが咄嗟にナマエの腰を引き寄せたことで正面衝突は免れたものの軽く相手と肩同士が少し当たってしまった。
「す、すみません…!大丈夫でしたか!?」
「あ…いえ、こちらこそ、」
「おいテメェ。危ねぇな」
「ひっ…!り、リヴァイ兵長!」
相手は男性兵士で、すぐに謝ってくれた為ナマエも頭を下げたがその隣の男が黙っているはずがなかった。彼女の言葉を遮って怯える男性兵士をその鋭い目で睨み付ける。
「こいつにもしものことがあったらどうしてた?」
「本当に申し訳ございませんでした…!!」
「謝ればいいってもんじゃねぇ。質問に答えろ」
「り、リヴァイさん。わたしは何ともないから」
怒りが収まらないリヴァイを何とか宥めるナマエ。男性兵士は今にも腰が抜けそうな程怯えている。
「…チッ、次はねぇからな」
さっさと失せろ、と言わんばかりに再度リヴァイは男性兵士を睨みつけると男性は何度も謝りながら慌てて廊下を走って行く。その足音が聞こえなくなったのを確認して2人は部屋まで歩き出した。
「送ってくれてありがとうございました」
「ナマエ、身体は平気か?」
「大丈夫ですよ。お腹が当たったわけじゃないし」
「…だといいが」
「リヴァイさんは心配しすぎですって」
笑うナマエに対してリヴァイはなかなか納得がいかない表情だったが、何かあればすぐに呼べと伝えて部屋を出て行った。一人になったナマエはお腹を撫でるとソファに腰掛ける。
「ふふ、あなたのパパ、すっごく心配性でしょ?でもそれはあなたのことが大好きってことなんだよ」
優しく子どもに語り掛けると、感じる胎動。それが愛おしくてナマエは更に続けた。
「早く会いたいな……パパもママも、あなたのことが一番だからね。元気いっぱいで産まれてきてね」
これから産まれてくるこの子にはたくさんの愛情を注いであげたい。美しくありながら残酷であるこの世界に産まれたことを後悔しないように。