ほんの好奇心だった。以前エステルに勧められて借りたわがままなお姫様とそれにどこまでも従う執事の恋愛模様を綴った小説に『私の為に死ねる?』という台詞があったのをナマエは思い出し、目の前で愛用の剣を磨いているユーリに問い掛けてみようと思ったのは。
「ねぇ、ユーリはさぁ」
「ん?」
「わたしの為に死ねる?」
小説に出てきた台詞を丸ごと言えばユーリは無言で動きを止めて何かを考える。そういう束縛染みたことが嫌いな彼のことだからてっきり「ばかじゃねーの?」と呆れられたり「さぁな」と質問を流されると思っていたものだから、ナマエは珍しいなと感じつつ視線はユーリから離さない。
小説だと『私の為に死ねる?』の続きは執事が『貴女の為なら自殺でも人殺しでも、お望み通りにしてあげましょう』と膝間づいてお姫様の手の甲にキスをしていたなとぼんやりと内容を思い返していた。内容もすごく印象的ではあったけどエステルがこういう内容の小説を読むのかと驚いたことが一番印象的だった。
するとユーリがこちらに視線を向けた。
「俺はお前の為には死ねないな」
「あ、そう」
「聞いてきた割にはそっけない返事だな」
「結構悩んだ割には面白くない返事だね」
「ナマエがこんなこと聞くのは珍しいからな」
「小説にあったから聞いてみたかっただけ」
「へー」
ユーリは剣を鞘に収めるとベッドに腰掛けるナマエの隣に同じように腰を掛ければギシリ、とスプリングが嫌に大きな音を鳴らした。
「俺が死んだら、誰がナマエを守るんだよ。永遠は誓えねぇけどこの命ある限りはお前を守るつもりだぜ?」
漆黒の瞳を真っ直ぐナマエに向けて、堂々と話すユーリにナマエは不覚にもドキッと胸を弾ませた。ユーリの瞳はまるでブラックホールのように彼女をどんどん引き寄せていく。
「ま、この世の中には愛する人の為なら本当に死ねる奴もいるんだろうけどな。けど少なくとも俺はナマエをこの手で守るし幸せにもする。絶対にな」
ほんの好奇心だったこの質問からまさかこんな展開になるとはナマエは予想していなかった。ユーリと付き合って1年以上が経つが普段あまり甘い言葉や愛の言葉を口にしない彼だからユーリの口から甘く痺れるような言葉を聞くと容赦なくそれに飲み込まれてしまう。何も言えなくなりただ顔をトマトのように赤くするナマエの肩をユーリはそっと抱いた。
「その顔見てっと、めちゃくちゃにしたくなる」
「めっ…?!」
「たまにはいいだろ?」
抱かれた肩を押されるとナマエの視界にはユーリの顔と天井、背中は柔らかい布団が受け止めてくれた。この後に行われるであろう行為を想像してニヤリと笑うユーリに腕を回して羞恥心を含みながら言った。
「ユーリ、大好きっ」
「俺は愛してるけどな」
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