ザァザァとバケツをひっくり返したような強い雨は容赦なく校舎や校庭の地面を叩きつけていた。
「…はぁ、困ったな」
下足室にていつ止むかもわからない雨を分厚い雲を眺めながら待ち続ける一人の男子生徒───フレン・シーフォは困ったように独りごちった。何故なら梅雨の季節だと言うのに傘を家に忘れて来てしまったからだ。
「もう濡れて帰るしかないか…」
生徒会の仕事が長引いたせいで、校内に人の気配はない。止みそうにないどしゃ降りの雨、元はと言えばこの季節に傘を忘れた自分の責任だとフレンは己に言い聞かせて、このどしゃ降りの中を走ろうと覚悟したその時。
「フレンくん、傘忘れたの?」
不意に後ろから声が掛かり、振り向くとクラスメートである女の子が立っていた。
「あ…ナマエさん。実はそうなんだ」
「ふふ、フレンくんらしくないね」
「僕だって忘れ物ぐらいするよ」
ふふふ、と柔らかな笑みを見せるナマエにフレンも笑う。
「生徒会のお仕事だよね?いつもお疲れさま」
「ありがとう。ナマエさんはどうしてこんな時間まで?」
「わたしは提出の課題が終わんなくて、レイヴン先生にお説教」
「ナマエさんってすごく真面目そうなのに……少し意外だな」
「わたし、真面目に見える?初めて言われたよ」
あはは、とまた笑う。先程まで傘を忘れたことで気分が落ちていたフレンもナマエと話すことで自然と心が晴れていくのを感じていた。外は雨でも心の中が晴れるだけで気分はがらりと変わる。
「よかったら傘、入る?」
「いいのかい?」
「ちょっと小さくてもいいなら」
「ありがとう。助かるよ」
「駅までだよね?」
「ああ。ナマエさんも?」
「そうだよ」
バサッと広げられた傘は、紺色の生地に小さな星が散りばめられた女の子らしいかわいい傘だった。広げた傘に2人で入り、校舎を後にする。
「………」
「………」
やはり2人で入るには少し小さく、肩を密着させなければならず緊張から沈黙が続く。傘に入る前はちゃんと会話を交わせていたのに情けないとフレンは思った。
「「ぁ…あのっ…」」
「「…どうしたの?」」
「「先に言っ…」」
どうにかして会話をしようと決めたが、それはフレンもナマエも同じ気持ちだったようで、気持ちだけが先走ったせいか見事に言葉が被ってしまう。
「ぷっ…」
「あははっ」
しかしそれが逆に緊張をほぐすタネになったのか2人はお互いの顔を見て数秒間固まった後、笑い出した。
「あー、おかしい」
「そうだね」
あの緊張は何だったのかと思うぐらいナマエとフレンは笑い合う。
「てかさ、呼び捨てにしてくれていいよ?堅苦しいの苦手だし」
「わかった。じゃあナマエも僕のことは呼び捨てで呼んでほしい」
「ふふっ。フーレン」
「何だい?」
「ん〜ん、呼んでみただけー」
「ナマエ」
「何?」
「ふふ、呼んでみただけだよ」
端から見ればバカップルのような会話もすごく微笑ましく感じた。小さな傘の中で確実に距離を縮めた2人はいつの間にか傘に雨が落ちる音が聞こえなくなっていることに気付く。
「‥あ!」
「あ…雨、上がったね」
「ねぇフレン、見て見て!」
「どうしたんだい?」
「虹だよ虹!綺麗…」
「本当だ。綺麗だね」
どしゃ降りの雨はどこへやら。どうやら通り雨だったようで分厚い雲がなくなった青空には大きな大きな7色のアーチが架かっていた。
「ナマエとこれを見れてよかった…」
「え?何か言った?」
「いや、何でもないよ」
「変なフレン」
たった短い時間で着実にナマエに惹かれていったフレン。ナマエもまた彼に心が傾いているのは確かだった。虹を見上げる彼女の横顔を盗み見て、フレンは小さく誓うのだった。
────また明日会いましょう、と。
mae tugi 23 / 30