まだ太陽が昇って間もない頃、ナマエはある包みを大切そうに抱えてユーリの家へ向かっていた。家の前までやって来るとすぅ、と息を整えて包みを背後に隠す。そしてリズムよくドアを3回叩いた。
「こんな早くに誰だよ…って、ナマエか」
「おはようユーリ」
「はよ」
中から出てきたユーリは身支度は整っているものの漆黒の瞳はまだ眠たいと訴えている。その奥では彼の相棒のラピードも同じように眠たそうにくわっと大きな欠伸をしていた。
「どうしたんだよ、こんな朝早くから」
「えっとね‥‥その、」
「?」
やけに歯切れが悪く恥ずかしそうにしているナマエにユーリは首を傾げる。ナマエは少しの間そうしていたが意を決したように背中の後ろに隠していたものをユーリに突き出した。
「こっ、これ!」
「‥弁当?」
「作ってみたの…」
ナマエが差し出したのはこれからギルドの仕事に行くユーリの為に作った愛情がこもったお弁当だった。いつも大変な仕事に励む彼を少しでも癒したい、元気になってもらいたいというナマエの気持ち。ユーリはそれをものすごく嬉しく思い、緩む口元を抑えることが出来なかった。
「わ、わたし…料理、下手だからっ‥‥美味しいかはわかんないけど…!」
「サンキュー。今日の昼飯、すっげぇ楽しみにしとくわ」
ナマエからお弁当を受け取ると未だに恥ずかしそうにしている彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。頭を撫でた手はそのまま頬を伝って顎に行き、クイッとナマエの顎を持ち上げて軽いフレンチキスを一つ落とした。
「じゃあお仕事頑張ってね」
「ナマエ」
「ど、どうしたの?」
用件を済ませ、この場を去ろうとしたナマエの腕をグイッと掴んで止める。ユーリは不安そうに見上げる彼女の手を空いている方の手で指さした。
「何で手袋してんの?」
「え、別に何でも…」
「何でもねぇわけないよな?」
ユーリが目につけたのはナマエが手に着けていた手袋。この季節、少し肌寒いが手袋が必要なほど寒くはなく特に今日なんかはまだ暖かい。なのに手袋をしているナマエが気になったのだ。
「…ちょっと寒いな〜って?」
「何で疑問系なんだよ」
「いや、あの、それは…」
「もーらい」
「あっ!」
一瞬の隙をつき、ユーリはナマエの手袋をスポッと外した。慌てて取り返そうとナマエが手を伸ばすが身長差もありそれは叶わなかった。諦めた彼女は罰が悪そうに俯いて困ったような表情になる。手袋の下に隠れていたのは絆創膏や小さな傷。それはナマエが苦手な料理と向き合った証。
「これが何でもないと?」
「う…、ごめんなさい…」
見られてしまっては、もう言い訳するわけにも行かずナマエは素直に謝罪の言葉を述べた。
「どうせナマエのことだ。料理しててざっくり切っちまったんだろ」
「‥‥うぅ、余計な心配かけちゃうから黙ってようと思ったのに」
「俺のために傷つけちまって悪いな」
ユーリはナマエの手を取ると、ちゅっちゅと絆創膏の上から口づけていく。自分の為に苦手な料理をしてくれたナマエがどうしようもなく愛しい。ユーリの唇が触れた箇所はほんのり熱が乗って恥ずかしさと気持ち良さが入り交じる。ナマエの唇の隙間から小さく声が漏れた。
「んっ‥」
「感じた?」
「ち、違ぁ…」
「へえ?」
ナマエの色っぽい声に更に意地悪してやろうとユーリのイタズラ心に火が付いた。
「ひゃあ!何してるのっ…?!」
「舐めただけだけど?」
「ちょ…ユーリ、やめてぇ…」
ぺろりとナマエの指を舐めるユーリは全く悪びれる様子はない。否定はするものの満更でもなさそうに顔を赤らめるナマエにこのままギルドの仕事なんてすっぽかして肌を重ねたいと思うユーリだがそんなことが許されるわけもなく、どこかへ飛んで行ってしまいそうな理性を必死に繋ぎ止めた。
「今はやめといてやるよ。帰って来たらいっぱい啼かせてやるから」
「なっ…は、早く行きなさいよ!こんのエローウェル!!」
ナマエはとうとう怒り出してしまうがそんな彼女もユーリにはかわいいとしか思えなくて。帰って来たらどうやって可愛がってやろうかと彼の頭はそれだけ。
「はいはい、んじゃ行って来るわ」
「ぁ‥‥ユーリ!」
「ん?」
「‥‥早く、帰って来てね‥」
「あぁ」
ナマエに見送られ、ユーリとラピードは街の出入口を目指す。早く仕事を片付けて愛しい彼女の待つ下町へ帰って来ようと誓いながら。
mae tugi 10 / 30