ユーリ・ローウェルは1枚の白い紙を前にして悩んでいた。
事の発端は今日、ユーリの彼女であるナマエの誕生日が近い為、何か欲しいものはないかと問い掛けた時。付き合う前からあまり物を欲しがらない彼女だったが、ナマエは控えめに言ったのだ。
わたしが今一番欲しいものは、ユーリからのお手紙かな、と。
筆まめではないユーリは手紙など滅多に書かない為、高価なアクセサリーを要求されるよりも困ったものだった。しかし最愛であるナマエの、普段はわがままを言うことがほとんどないナマエの唯一のわがままだからこそユーリは叶えてやりたいと思ったのだ。
「とは思ったものの、俺手紙なんか書いたことねぇし」
握っていたペンを無造作に机に放り投げると、行儀悪く足を机に上げて頭の後ろで腕を組んだ。
「何書けばいいと思う?」
「ワフゥ…」
床で丸くなっていたラピードに問い掛けるが、俺に聞くなと言わんばかりに彼はそっぽを向いた。これはどうしたものかと目を瞑るといつの日かピンク色のお姫様が楽しそうに語っていた台詞を思い出した。
―文通って素敵ですよね。暖かくて気持ちがこもっていて。
―手紙は普段は言えない言葉を綴って自分の気持ちを相手に伝えるものなんですよ。
「気持ちを伝える、か…」
そう呟いたユーリは姿勢を戻すとペンを握り直し、紙にペンを滑らせた。
そして、ナマエの誕生日当日。ユーリは彼女の部屋へ訪れていた。
「ナマエ、誕生日おめっとさん」
「わあ…!ありがとう、ユーリ!」
真っ赤な薔薇の花束と下町で美味しいと有名なケーキを差し出せば、ナマエは花が咲いたようにパッと笑ってそれを受け取った。
「いい香り……すごく綺麗。そうだ花瓶買わなくちゃ!押し花にするのもいいな。あっユーリ、ケーキ一緒に食べよ?紅茶かコーヒーどっちにする?お砂糖はたっぷりだよね」
パタパタと慌ただしくあっちへこっちへ、そんなナマエを見てユーリはかわいいと笑った。
「ナマエ」
「ユーリ?どうしたの?」
キッチンでカップを用意するナマエを後ろから抱き締めるユーリ。突然のことに彼女は少し照れながら答えた。
「俺、手紙とか書くの苦手だから、ちゃんと伝わるかどうかわかんねぇけど、受け取ってほしい」
「ユーリ……お手紙欲しいって言ったの、覚えててくれたんだね。ありがとう」
手紙を渡したユーリは抱き締めていた腕を解く。ナマエもカップの用意を一度止めて封を丁寧に切った。
「…!!」
手紙の内容を見たナマエは驚いた面持ちで瞬きを繰り返すが、次第にその顔はくしゃっと潰れて瞳から大粒の涙が溢れ出す。そして嬉しさのあまりユーリに抱きついて言う。
「ユーリっ、大好き…!」
手紙には『愛してる。結婚して下さい』とユーリらしくない敬語で綴られた文字と、小さなピンクダイヤモンドが埋められたシルバーリングが封筒の中に入っていた。
「俺は愛してるっての」
そう言って涙が止まらず泣き続けるナマエを一層強く抱き締めた。
She is anything but my lover
これからは、夫婦として―――
mae tugi 8 / 30