テイルズ | ナノ


───わたしは明日、結婚する。



そんなめでたいイベントの前日、満天の星空も霞むくらい暗い気持ちを抱えたナマエは旦那になるフレンの元ではなく、幼馴染みのユーリの部屋で丸く縮こまっていた。

「ナマエ?ナマエさーん。いつまでそうしてるつもりだよ」
「………」

ユーリが窓際に腰掛けながらナマエに呼び掛けるが、彼女は地蔵のように頑なに返事を寄越さない。所謂マリッジブルーというものだろうか。ユーリは溜息を一つつくと腰を上げてナマエの隣に座り込んだ。

「嫁入り前の女が旦那じゃない他の男のとこにいるの、おかしくね?そんなに結婚が嫌になったか?」
「嫌じゃないの。フレンのことは大好きなのに、ただ……怖いというか、不安で不安で仕方ないの」

震える声で話すナマエにユーリはまた溜息をついた。結婚に至るまでに何度も何度も壁にぶつかってきたフレンとナマエ。騎士団長を務めるフレンにはファンがたくさんいて、そのファンたちが彼女であるナマエに一方的な嫌がらせをしていた時期があった。今では嫌がらせはなくなったが彼女を良く思わないファンも少なくはない。たくさんの試練を乗り越えてきたことをユーリは知っているからこそ、ナマエの気持ちをどう汲み取ってやればいいのか悩んでいた。

「ま、ここまで来るのに相当時間かかったし不安になるのも無理はねぇわな」

ユーリはナマエの頭を優しく撫でると、扉の方に目を移す。床で丸まっているラピードも何か勘づいているようだ。そしてユーリは大きな声で───

「じゃあナマエ、フレンとの結婚なんて辞めて俺にしとけよ。ギルドも安定してきたし、何より俺にファンはいねぇから心配することはないぜ?」
「ユーリ…?」

───ガッ、ガチャン!ゴンッ!

ナマエがその言葉を聞いて顔を上げた瞬間、誰もいないはずの扉の向こうで何やら盛大にぶつかる音が聞こえた。

「え?」
「そこにいんだろ、フレン」
「ワフゥ…」

ユーリがニヤニヤとニヒルな笑みを浮かべながら扉に話し掛けると、少し取り乱したフレンがバツが悪そうに扉を開けて入って来た。ナマエだけはすぐそこにいた彼に気づいておらず、口をぽかんと開けて驚いている。

「ユーリ。さっきのは冗談にも程があるよ」
「そうでもしねぇと、お前いつまで経っても入ってこないだろ」

そう言い返されては何も反論ができないフレン。ユーリは彼が扉の向こうにいることを知っていてわざとナマエに結婚を辞めるよう言ったのだ。フレンも今までのことがあり彼女の気持ちを知っている為、同じように悩んでいた。プロポーズをした時はこんなことで悩まず優しく包み込んであげようと決めたのに、いざ結婚を前にすると不安になってしまう。自分には彼女を癒す力量がないんじゃないかと。

「でも、お前が迷うなら俺は躊躇いなくナマエをかっ攫うぞ?」
「なっ……また冗談か、ユーリ」
「冗談じゃない。って言ったら?」
「ッ…!」

ユーリの真っ直ぐな瞳にフレンの碧い瞳は揺らいだ。

「ぷっ……嘘だよ、怖い顔すんなって。でもフレンがしっかりしてやんねぇと誰がナマエを守るんだよ。1回決めたんならそれを貫き通せ」

2人のやり取りをただナマエは見守った。ユーリは拳をぐい、とフレンの胸に当てながら言う。それにハッとしたようにフレンはナマエに目線を移した。

「……そうだ。そうだね。ごめんね、ナマエ」
「フレン?」

フレンはユーリの拳をそっと押し返すと縮こまるナマエの小さな身体を抱き締めた。

「ナマエを守るって、泣かせやしないって決めたんだ。それなのに僕がこんなんじゃダメだな……」

抱き締めていた腕を解くと、フレンの大きな手のひらがナマエの頬を包み込む。優しい、温かい体温がそこから伝わり、不安一色だった彼女の顔が柔らかく解けていく。

「どんなに言葉を紡いでも、不安をなくすことは難しいかもしれない。でもそれを癒すことはできる。そして必ず明日は僕が君に真っ白なウェディングドレスを着せる。それはたとえユーリにでも、譲らない」

先程まで揺らいでいたはずの碧い瞳はどこへやら。真っ直ぐにナマエを、ナマエとの未来を見据えている。

「わたし、で……いい?」
「ナマエじゃないと嫌だよ。だから明日は真っ白なドレスで真っ赤なヴァージンロードを白く染めながら、僕のところまでおいで」
「うん、うんっ……真っ直ぐ、フレンのところまで、行くからっ…。絶対行くからっ…!」

その言葉にナマエの瞳からはぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。先程まで不安に思っていた気持ちも今は1ミリもなくなっていた。縮こまることをやめたナマエは涙を拭い、立ち上がってユーリを見て、笑った。

「やっと笑ったな」
「ごめんね、ユーリ。最後の最後まで迷惑かけて」
「本当に世話をかけたね、ユーリ」
「もう慣れっこだっての」

ユーリは安心したように笑うと、2人の背後に回り背中を押して部屋の外へとやった。

「でもお子様2人の相手もそろそろ疲れたし、じゃあな」

最後にいつもの皮肉を言い残し、扉は無造作に閉じられた。そんな皮肉でさえも長い付き合いだからこそ裏に隠された意味も理解できるナマエとフレンは扉越しに大切な幼馴染みに礼を告げた。

「フレン。明日は幸せな一日にしようね」
「ああ。明日だけじゃなく、これから毎日僕たちなりの幸せを象っていこう」

満天の星空の下、星たちの祝福を受けるように2人で住む家へと向かった。




───そして今日、あなたと

「汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」

ユーリや旅を共にした仲間、そして下町の人達など。大勢に見守られてフレンとナマエは口づけを交わした。

2019 0317


mae tugi 19 / 30

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