僕のヒーローアカデミア | ナノ


昔は目付きや口、素行の悪さから勝己を恋愛対象とする女は少なかった。『顔はいいけど性格がね』そういう風に言われることが多かったのに高校を卒業して、プロヒーローになった今では周りの反応は全く違っていた。『ちょっと口悪いけど逆にそこがいいって言うか!』『ねー。敵顔だけどイケメンだし』『ダークヒーローっぽいところがめっちゃいい!』『わかるー!他のヒーローにはあんまりないよね』『乱暴っぽいけどちゃんと守ってくれるし、実は優しい人なのかもね』"あなたの好きなプロヒーローは誰?"という企画の街頭インタビューでマイクを向けられた若い女性2人組がキャッキャと照れ笑いしながらダイナマイトの名を挙げて答える。それをよく思わない名前はテレビの電源をそっと落とした。雄英に入った頃からずっと恋愛対象としてしか見てないのにって、ずっと好きなのはわたしなのにって、頑張ってアピールし続けてようやく付き合うまで漕ぎ着けたのに周りが勝己をそういう風な目で見るようになってから心が苦しくて堪らない。けれどこれはただの嫉妬。勝手に嫉妬して勝己の重荷にはなりたくないと感情に蓋をした───つもりだったのに。

「たでーま」

タイミング良く帰宅した勝己を見て、何故か蓋をしたはずの感情が溢れてしまってそれが涙となって名前の頬を濡らす。急に泣き出す名前を見て勝己は少し慌てた様子を見せる。

「何かあったンか」
「……録画してたドラマ見てたんだけど思い出し泣きしちゃって」

目線を合わせて優しく頭を撫でるその手つきは酷く優しい。めんどくさい女と思われたくなくてとわざとらしい嘘をつき、作っておいた食事を温める為にキッチンへ向かおうとすると───

「待てや」

と腕を掴まれて阻止された。

「俺には言えんことなんか」

赤い瞳が真っ直ぐ捉えて言ってくるのでまるで心が見透かされているようだった。それでも、この気持ちは伝えてはダメだと思い、首を横に振る。

「言えないも何も…」
「そーやって隠される方がめんどくせェ」
「!」

きっぱりそう言われてしまってはもう隠せまいと名前は隠すことを諦めた。

「あの、ね……」
「ん。ゆっくりでいいから言え」

掴んでいた腕を引き寄せて勝己の左手が腰に、右手が頭を撫でる。その優しさと温かさに止めたはずの涙がぶわっと溢れて止まらなくなった。泣いてまともに話せない名前を優しく撫でて宥めながらタイミングを待つ勝己の表情は普段からは想像出来ない程柔らかい。必死に涙を止めながら、ぽつり、ぽつりと話し出す。

「あのね……今日、テレビで、好きなヒーローは誰かっていうコーナーがあって」
「おう」
「若い女の子たちがダイナマイトいいよねって……」
「ん」
「口悪いけどそこがいいとか、敵顔だけどイケメンだとか、実は優しいかもとか……」
「ん、それで」
「そんなの、昔からそうなのに…!わたしが勝己くんと出会ったのは雄英に入ってからだけど、怖がられがちでも本当は誰よりも優しい人だなんて、ずっとそうなのに」
「ん、落ち着け」

一つ言葉を吐き出すと感情も溢れてどんどん止まらなくなる。その度に勝己は相槌を打ち、右手で頭や頬を撫でた。

「わたしはずっと知ってたのにって、最初はみんな怖いとか言ってたのに今更って、そう思ったら、いーってなっちゃって」
「ん」
「ッ…言いたいこと、めちゃくちゃだけど、重いって思われると思うけど、でも、」
「おう」
「勝己くんは、わたしのなのに…」

そこまで言い切って、口元を両手で覆う。勝己が鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたから。

「ッ、ごめんなさい。重たくて…」
「いや名前が思ってっこと聞けてよかった」

ぎゅ、と勝己は名前を抱き締めた。

「泣かせちまって悪ぃ」
「ううん、勝己くんは悪くないの。わたしの心が狭いから」
「だとしても泣かせちまったことには変わりねェし、心狭いともめんどくせェとも思ってねェよ」

トントンと赤子をあやすように優しく背中を叩く手が心地良い。さっきまでは真っ黒でドロドロな感情に塗れていたのにそれが少しずつクリアになっていく感じがした。

「で、何だっけ?」
「?」
「俺が何だっけ?」
「…また言うの?」
「何回でも聞きてェんだよ」
「……勝己くんはわたしの」
「ん、そうだな」

くしゃりと笑って額、鼻先、頬、唇に優しいキスが降ってくる。

「俺はお前のだよ」
「うん」
「もちろん名前は俺のだからな」
「うん」
「あー、好きだわ」
「わたしも好き」
「…堪んねェな」
「そろそろごはんにしよ?」
「飯よりお前がいい」
「えー、どうしよっかなぁ」
「満更でもねェ顔してる癖によく言えたなァ」
「いいよ。ヤキモチも不安も全部包んでほしい」
「ハッ、お安い御用だわ」

勝己に抱き抱えられて、2人は寝室に消える。名前の涙は知らぬ間に止まっていた。




mae tugi 4 / 4

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