空が、世界が、回った。
「ナマエーーー!!!!!」
名前を叫ぶリヴァイの声が遠くのように聞こえる。目に映るのは気持ち悪い顔をして人間を捕食する巨人。もう既にそれは下半身のみになり赤黒い血が巨人の手や口に付着していた。
「(ああ………ごめんね、助けられなかった)」
宙を舞いながら喰われた仲間に謝罪する。仲間が死んでしまったというのに、己も危険な状況にあるというのに、なんて冷静なんだろうと考える。
壁外調査にて、林を目前とした時に現れた5メートル級の巨人2体と遭遇しやむ無く交戦。兵士はリヴァイを含めた6人だった。戦いの最中、一人が巨人の手の中に落ち助けようとナマエが立体機動で巨人にアンカーを引っ掛け浮いた瞬間────それは予想も出来ていなかった。突如横から現れたもう一匹の巨人が浮いた彼女を捕らえようと手を伸ばしたのだ。ナマエは何としても捕まってはいられないと必死にガスを吹かし、巨人の手からは逃れることが出来たが巨人が空振りした手がワイヤーを引きちぎり、勢いのまま体勢を立て直すことも叶わず林の方へと飛ばされてしまった。
「約立たずで、すみません…」
仲間の姿がどんどん遠く、小さくなる。絞り出すように出た声はリヴァイへの謝罪の言葉だった。上がるところまで上がれば今度は重力に従って落ちていく。ナマエはこの高さから落ちれば助かることはないだろうと、仮に助かったとしても林の中にも巨人は潜んでいるので戦えもしない自分は格好の餌食になる。死を覚悟して目を閉じた。
───────痛い
─────痛い
暗い空間で全身が痛むのがわかった。意識が微睡む最中で誰かが己を呼ぶ声がする。
「ナマエ!!!」
「……?」
より強く、切なげに呼ばれた自分の名前に今度こそ意識が浮上する。瞬きを繰り返すとぼやけた視界にピントが戻りリヴァイの焦った表情が瞳に映った。
「り、ばい……兵長……?」
「気が付いたな……待ってろ。時期に壁に着く」
「うッ……」
「悪いが少しの揺れは我慢しろ」
もしかして目が覚めるまでずっと名前を呼んでくれていたのだろうか。まだ覚醒しきっていない頭で自分が置かれている状況とリヴァイの言葉を理解しようと身体の痛みに耐え必死に頭を働かせる。聞きたいことや知りたいことはたくさんあったがそれを質問する余裕など今のナマエにはない。ただわかるのは自分が重症であることとリヴァイの腕に抱かれていること、そして壁内に向かっていること。重たい立体機動装置は身体から外されているが馬が駆ける振動で身体のあちこちが痛む。
「わたし……どう、なるんですか…?」
「黙れ。今は生きることだけを考えろ」
「……ッ、」
珍しくリヴァイは焦っているようだった。ナマエは彼の言う通り口を閉ざし、ただ暖かい体温を感じながら痛みに耐えていたその時───
「……!」
「……」
「へ、兵長…!」
「わかってる。クソ……こんな時に」
ズシン、ズシン、と地を鳴らしながら背後に迫る巨人に気が付いた。敵は今のところ1体のみだがこちらは人類最強のリヴァイがいるとは言え重傷者が一名。周囲に他の兵士も見当たらず、馬も人間二人を乗せて走っている分速度が僅かに遅くこのままでは巨人に追い付かれてしまう可能性が。
「兵長……このままでは、追い付かれてしまいます……!」
「……」
「わたしはもう戦えません……ただの足でまといです……」
「……」
「二人ここで食べられるくらいなら、兵長、どうか……わたしを捨てて逃げてください」
「……」
「兵長……ッ!」
痛みに耐えながら訴えるがリヴァイは前を向いたまま何も言わない。誰よりも仲間想いな彼が何を考えているのかはわかるが状況が状況な為、ナマエは必死に訴え上手く動かぬ身体を何とか捩らせて自ら馬から降りようと、リヴァイの腕の中から出ようともがいた。しかし負傷している所為か彼の力が強い所為かビクともしない。
「へい、ちょう……お願いです…!」
本当は死にたくなんてない。出来ることならリヴァイと共に無事に壁内に帰って生き延びたい。そんな本音を隠して訴える。否、隠しきれずに涙となって溢れた。こうしている間にも巨人は不気味な笑顔を浮かべながら迫っている。壁もだんだん見えてきたが距離を考えると巨人に追い付かれる方が先だろう。ナマエは情けない表情で、声で叫んだ。
「兵長ッ!お願い、わたしを捨てて!!」
「ふざけるな」
今まで黙りだったリヴァイが低く、ドスの効いた声でナマエの言葉を否定した。
「黙って聞いてりゃピーピー好き勝手喚きやがって。ここでお前を捨てて逃げるだと?ふざけたこと言ってんじゃねぇよ、グズが」
「……で、でも!」
「最初からお前を置いて行くことなんざ考えちゃいねぇ。部下をほいほい見捨てる上官がどこにいんだよ」
「……」
真剣なリヴァイに今度はナマエが黙る。しかし後ろには巨人、この状況をどう乗り切るというのだろうか。
「ナマエ、よく聞け」
「……はい」
「今、お前を離したら俺は死ぬほど後悔する」
「え……?」
「何故なら俺はお前に隣にいて欲しいからだ」
「きゃっ…!?」
すとんと心に落ちてきた言葉。しかしその言葉の意味を理解する間もなく、ふわりと身体が浮く感覚に襲われる。思わず彼のマントを握り締める。
「痛ぇかもしれねぇが、耐えろ。いいな」
「は、はい……!」
平原にそびえ立つ1本の樹の幹にアンカーを射し込んでガスを噴かし飛び上がる。リヴァイは飛び上がる寸前にナマエを抱き直し、左腕で抱えたまま遠心力とガスの力を利用して樹を中心に回り込み巨人の方へと立ち向かっていく。
「へ、兵長、まさか……!?」
「そのまさかだ」
「ッッ…!」
巨人はリヴァイらを掴もうと手を伸ばすが、その太い指をリヴァイは右手に持ったブレードを振り払い、ぶった斬る。ナマエの想像通り彼は怪我人を抱えながら巨人を倒そうとしているのだ。人類最強と言えどもそんなことが可能なのかと冷や冷やして堪らない。リヴァイを信頼していない訳ではないが初めての状況にナマエはただ未来が見えなかった。
「ナマエ、俺と共に帰るぞ」
「……!」
「信じろ」
「……はい」
樹から抜けたアンカーを巨人の身体に射し込み、そして巨人の足の間に入ってアキレス腱の当たりを斬れば巨人は立っていられなくなってその場に倒れ込んだ。上手く足の隙間をすり抜けて背後に回る。先程斬った指はもう再生しているが足はまだ再生途中で動けない。リヴァイは巨人の肩にアンカーを射しでかい図体に降り立った。
「終わりだ」
リヴァイはブレードを左右に振って項に2本の深い斬り込みを入れた。そうすれば巨人の再生は止まり斬られた項からは白い煙が上がって巨人はそのまま大きな音を立てて地を舐めた。巨人が完全に動かなくなり消えていく様子を確認したリヴァイはアンカーを抜き、主の元へ帰ってきた愛馬に乗って再び壁を目指す。
「おい、平気か?」
「……はい。兵長のお陰です」
「傷、痛むだろ。荒くして悪かったな」
「いえ、ありがとうございます。こんなわたしを見捨てないでくれて」
「当たり前だ。言っただろうが……離したら後悔すると」
ズキズキと痛む傷。けれどリヴァイの言葉によってそれはある程度緩和されているような気がした。
「兵長…?」
「この話の続きは後だ。今はもう何も言うな」
どこか照れ臭そうにするリヴァイにナマエはそっと頷いた。そして体力が尽きた彼女はリヴァイの温かい腕に抱かれている所為もありそのまま瞳を閉じて眠ってしまった。
「ナマエ、好きだ」
眠ってから言うなんてずるい男と思われるかもしれない。けれどいずれすぐにその気持ちを伝えることになる。部下としても大切だが想い人として大切なナマエを失いたくない一心だった。もう以前のように大切な人を目の前で失いたくないないと。その想いがあったからこそ無茶な戦い方でも生き延びることが、守りきることが出来た。目の前には見慣れた高い壁と今回の壁外調査を生き延びた仲間たちの姿が。
「リヴァイ!生きてたんだね!」
「お前も無事らしいな、ハンジ」
「あれ……ナマエかい?」
「ああ。重傷だが生きてる」
「……なんか、すごくいい顔してるね」
「は?」
「何でもなーい。早く医者に見せないとね」
そんなやり取りをしながら、リヴァイとナマエ、そしてハンジは壁内へと入る門をくぐった。
2021 0419
もとこ様へ
この度は企画に参加して頂きありがとうございました!遅くなりましたがリクエスト作品をアップ致しました。シリアスめになってしまった気がします……。
mae tugi 7 / 8