───自分は不幸者だと、そう思い続けて生きてきた
地下街に生を受けた少女がいた。地下街では一日を生き延びるのがやっとの世界。女や子どもは特に酷く扱われ望まない妊娠をしたり理不尽に殺されたりすることも、ルールも何もないこの街では日常茶飯事だ。そんな中に生まれながらも生きる術を身に付けて過酷な日々を生き抜き、やがて人身売買により地上の密売人に買われることになる。
とある娼館。街から随分と奥に入った裏道にあり少し古びているが存在感があるそれは調査兵団が抱える、男たちがひっそりと性欲を発散する場。
「これはこれは旦那!よくお越しで」
重たそうな扉を開けば中から店主であろうガタイのいい男が手を揉む仕草をしながら客であるリヴァイを笑顔で受け入れた。彼は手に大きなジュラルミンケースを持っていた。
「あいつはいるな?」
「旦那ぁ、本当に気に入ってるんだな。そろそろ専属も飽きたろ?たまには別の女の相手もしてやってくれよ」
「くどい。来る度にその台詞を聞くが俺はあいつ以外の女はいらないと言っている」
「そーかいそーかい。別に旦那がいいなら構わんがアレはウチの商品だ、ルール違反は勘弁してくれよな」
ポン、と店主がリヴァイの肩を軽く叩いた後に目的の女がいる部屋の前まで通す。そこまで案内されれば後はもう女と客、二人きりの時間だ。楽しんでくださいね、と言った店主はさっさと去って行く。それを確認してから扉を開けばその先には下着姿の女がベッドに腰掛けていた。扉を閉めてジュラルミンケースを持ったままベッドの近くまで歩みを進める。
「ナマエ」
「あら、リヴァイ。3日ぶりね」
「ああ」
ナマエと呼ばれた女はこの娼館に勤めるリヴァイ専属の娼婦。彼は調査兵団に入団して少し経った頃から娼館を利用しているがナマエ以外の女を指名することはなく、今でも一筋で指名し続けている。
二人の出会いは数年前。エルヴィンらに連れられる形で初めて娼館に訪れた際、丁度その日に入店したナマエを指名したのがきっかけだった。いろんな男に抱かれた女を抱きたくないという理由で入店したばかりの彼女を選んだのだ。
「リヴァイったら本当にわたし一筋ね?嬉しい」
ベッドから立ち上がり、するりとリヴァイの頬を撫でる。彼は動揺すら見せずにジュラルミンケースを床へ置いた後ナマエの細い手首を掴んでそっとキスをした。
「ふふ、今日はすぐシたいの?」
「……」
「せっかちなんだから」
「……」
「わたし、リヴァイにめちゃくちゃに抱かれるの嫌いじゃないのよ。一瞬でも幸せを味わえるから」
クスクスと笑ってナマエは掴まれていない方の手でリヴァイの服に手を掛けた。
その日の気分によってリヴァイの抱き方には違いがあった。言葉攻めが多い日やただひたすら無言で攻める日、噛み跡やキスマークを残したがる日、壊れ物を扱うかのように優しく抱く日など様々だ。ただ一つ、違わないのは攻める側、主導権を持つのが必ずリヴァイだと言うことだ。
「ナマエ」
「んふ、なぁに?」
「もう終わりにしよう」
「え?」
その言葉にナマエの手はピタリと止まる。まさかリヴァイからそんな言葉が出ると思ってもみなかったからだ。
「……わたしに飽きちゃった?仕方のないことだけど寂しいわ」
眉尻を下げ悲しげに呟くナマエ。手を掛けていた服を戻してそっと手のひらを握り締めた。
「今日で最後なんでしょう?リヴァイの好きなように抱くといいわ…………あ、いつもそうだったかしら」
強がりか否か、ナマエは下着をはだけさせてリヴァイを誘惑して見せた。細い腕や腹、足には見合わない程の大きな胸が彼の腕に押し当てられる。
「そういう意味じゃねぇ。店と客の関係を終わりにしたい」
「……突然ね。でもわたしはここに買われたの。それはルール違反だわ」
「なら、俺がお前を買う。ここの店主がお前を買った時の倍以上の値でな」
「そんなこと、出来る訳ないじゃない。いくら調査兵団お抱えの娼館だからって」
ナマエの誘惑には乗らず、肩を押して離れさせる。ぷるんと揺れた胸が何ともいやらしい。普段と様子の違うリヴァイにナマエは困惑するばかりだ。
「お前を俺のモンにする為なら大金を叩こうが何だろうがやってやるよ」
「……ッ!」
足元に置いていたジュラルミンケースを開けば、中には大量の札束が敷き詰められていた。ナマエは思わず言葉を失い、手で口元を覆った。
「出来る訳がない、だと?今まで俺がどんな思いでここに通ったと思ってる」
「そ、そんな……」
「最初はただの性欲発散だったんだがな。気付いたらお前のことがどうしようもなく欲しくなっちまった」
時間は相当掛かったがな、と呟くリヴァイ。何と彼は当時ここの店主が密売人からナマエを買った値段や彼女の過去まで徹底的に調べ上げ、コツコツと数年の年月を費やし莫大な金を貯めていたのだ。
「もう自分を不幸だと思い続けるのはよせ。俺がナマエを幸せにする」
「……だめよ。地下街に生まれたわたしが幸せになっていいわけなんてない」
「お前が言ったんだ、俺に抱かれてる時は一瞬でも幸せだと」
「……!」
「あれは嘘だったのか?」
「嘘なんかじゃない……でも、」
ずっと己を不幸だと思い続けて生きてきたナマエは突然目の前に現れた幸せに手を伸ばせずにいた。
「ずっと辛かっただろう?もう我慢しなくていい」
「……」
「素直になれ、ナマエ」
「……ッ!」
ほぼ裸のナマエにリヴァイが己のジャケットを上から羽織らせてやる。ほんのりと温もりを感じるそれはとても心地よかった。
「……いい、の?」
「……」
「わたし、幸せに、なれるの……?」
「ああ」
生まれてからずっとナマエの心を黒く染めていたモノがじわりと溶かされていく。絶望しかなかった彼女の世界に現れた一筋の希望の光。
「ナマエ」
「……」
「この先のお前の未来は総て俺がもらう」
「……」
「ここを辞めて、結婚しよう」
「……!」
思いもよらなかったリヴァイからのプロポーズ。ナマエは目を見開いて瞬きを繰り返し、頭の中で夢ではないかと自問自答をした。けれどジャケットの温もりが夢ではないことを語っている。驚きのあまり答えを出せない彼女の腰を引き寄せて強く抱き締めるリヴァイ。
「よく頑張った。もういい」
「……ッ」
「泣きたきゃ泣け」
「ッ、ッ……う、うわぁ…ッ!」
リヴァイの言葉がナマエの心をついに開放した。閉ざされていた心が開かれたことにより我慢していたものが一気に涙となって溢れた。彼の白いシャツが涙で濡れて染まるがいくらでも染まればいいと、リヴァイは気にしてなんていなかった。ただひたすら泣くナマエだが言葉はなくとも気持ちは同じだと、そう強く確信した。そして、しばらく泣き続けたナマエ。長年堪えていた涙は相当な量でリヴァイのシャツはビシャビシャに。娼婦の時は艶やかで女っぽい彼女だったが泣いている時はただの年相応の少女だった。
その後、店主はルール違反だけはと口を酸っぱくして言っていたのにも関わらず、元々金には目がない男なので莫大な金に目がくらみ易々とナマエをリヴァイに売ることを了承したのだ。晴れて店からも過去の不幸からも開放されたナマエは兵団にあるリヴァイの部屋で一緒に暮らしていた。
「リヴァイ、本当に良かったの?」
「何がだ」
「……あれだけのお金を出してまで、わたしを買ったことよ」
「言っただろうが。お前の未来は総てもらうと……あれは取引じゃねぇよ」
「だって、リヴァイがずっとわたしを好いてくれてたなんて……思わなかったもの」
「ま、あの関係じゃ無理もねぇな。でも今は違うだろう。正式にお前はアッカーマンだ」
「そう……ね。わたしまだ慣れないの。この幸せに。でも少しずつ慣れていくから、ずっとわたしのこと好きでいてね」
そう言って照れ臭そうに笑うナマエはもう娼婦なんかじゃない、あどけない少女だった。それが愛おしすぎてリヴァイはその気持ちがバレないようにキスをした。
2021 0420
累様へ
この度は企画にご参加くださりありがとうございました!
娼婦設定は初めて書いたのでいろいろと設定の詰めが甘いところが御座います……。でも書いていてワクワクしたので、いつか番外編として娼婦夢主と客リヴァイのR15のお話も書いてみたいと思いました。
mae tugi 5 / 8