「(……あ。リヴァイさん)」
街へ資材の買い出しを頼まれていたナマエ。目的の店に向かっていると少し先に恋人であるリヴァイの姿と彼を取り巻くように女性たちがいた。
「(そう言えば朝早くから出掛ける用事があるって言ってたな……)」
仕事で朝から出掛ける用事があると聞いていた。現在は午後15時を回ったところで、そこから察するに用事を終えて兵団へ帰る途中に一般女性たちに囲まれたのだろう。人類最強の肩書きとそれに見合った実力、そして目を惹いてしまう端麗な容姿からリヴァイを憧れや恋愛の対象にしている女性は多い。後者はナマエにとって厄介でしかないが。
囲われているリヴァイはとても鬱陶しそうに眉を顰めて女性たちと距離を取っている。そんなこととは知ってか知らずか、女性たちはやんややんやと仕切りに話し掛けていた。
「(リヴァイさん、人気者だな……。本当は早く帰りたいんだろうけど何だかんだ相手してるの、優しい)」
そう、思うとチクリと心が痛んだ。リヴァイに限って浮気等の心配はないと信頼を寄せているがそれとこれとは別の話で。やはり自分の恋人が別の女性たちに囲われているのを見るのは気持ちいいものではない。だからと言って彼を束縛したい訳でもない。けれど心にモヤがかかる、矛盾した気持ち。
「リヴァイさんは、わたしのだもん……」
ほぼ無意識に呟いていた。呟いてからハッとして口元を手で覆った。今は勤務中で優先するべきことがあり、これ以上ここにいるのはいろいろな意味で良くないと判断し遠回りして目的の店へ向かおうと踵を返して歩き出した時。
「どこへ行く」
「!?」
ぐい、と腕を掴まれて振り向くとそこには先程までは十数メートル先にいたはずのリヴァイがいた。
「え、り、リヴァイさん…?」
いつから気付いていたのか、どうやって女性たちを振り払ってここまで来たのか疑問はたくさん浮かんだ。けれどそれよりも掴まれた腕が熱くて少し痛い。
するとまだ話し足りないのか、女性たちはリヴァイの後を追ってきたのだ。
「リヴァイ兵士長殿、どうなさったんですか?」
「もう少しお話聞かせてくださいよー!」
と、一人の女性がリヴァイを引き留めようと手を伸ばしたが───
「触るな」
その女性の手を払い除け、鋭い目付きで睨んだ。一瞬のことでナマエを含めた女性たちは何事かと目を見開いて瞬きを繰り返す。手を払い除けられた女性はそっとその手をもう片方の手で覆った。
「……兵士長殿?」
静まる空気、明らかに困惑する女性たちにリヴァイは堂々と言い放つ。
「俺に触れていいのは一人だけだ」
グレイの瞳が冷たく光る。ナマエを含めた女性たちは言葉が見つからず開いた口が塞がらない。リヴァイは小さく舌を打つとナマエの腕を引いて歩き出す。彼を囲っていた女性たちはそれを見て口々に文句を言い始めた。
「あの子、同じ調査兵団の人?」
「兵士長殿とどういう関係なのかしらね」
「と言うか兵士長だからってあの態度はねぇ」
「ねぇ。顔が少し良いからって!」
「実力も大したことないのかもね〜」
聞こえるようにわざと大きな声で話す女性たちにナマエは振り返り睨み付ける。自分のことならともかくリヴァイのことを悪く言われることにものすごく憤りを感じたからだ。しかも先程までは猫なで声で擦り寄るように目をハートにしていた者が一気に手のひらを返して悪口を言うことが気に入らなかった。するとバツが悪そうに女性たちは顔を反らすが、それでもヒソヒソと話を続けている。
「ッ……!」
「ナマエ」
今にも手を振りほどいて走り出しそうなナマエの気持ちを感じたリヴァイは諭すように優しく名前を呼んでやる。彼女は眉尻を下げて己より幾分か身長が高い彼を見上げた。
「……」
「落ち着け」
「だって……!」
「あんな奴ら、好きに言わせておけばいい」
至って冷静なリヴァイにナマエの憤りも少し落ち着いて女性たちに背を向けてどんどん歩いていく。沈黙がしばらく続いた後、ナマエが口を開いた。
「リヴァイさんはやっぱり大人ですね」
「……急に何だ」
「そう思ったから言ったんです」
「……」
「わたしはまだまだ子どもだなって思いました」
すぐに感情が高ぶるところも、何もないとわかっていてヤキモチを妬くところも。そこまで口には出さないが何だかやるせないきもちになり、乾いた笑いが出た。
「素直なことはいいことだ」
その言葉と共に今まで腕を掴んでいたリヴァイの手がナマエの手を取り、指を絡めて繋ぎ直した。直に伝わる体温が温かくて心地良い。
「リヴァイさん……」
「俺はお前のそういうところに惹かれた」
「……!」
一瞬、本当に一瞬だけ、リヴァイの瞳とナマエの瞳が交差して伝えられた言葉。それを口にした当の本人はらしくなく照れているようで眉間にシワを寄せて真っ直ぐ道の先を見つめている。
「……リヴァイさん」
「……」
「ありがとうございます」
「……」
「……照れてます?」
「……」
「ふふふっ」
何がなんでも無言を貫こうとするリヴァイが可愛らしくて、愛おしくて、ナマエは先程の憤りなんてもうすっかり忘れて無邪気な笑顔で笑った。人類最強のこんな表情を見られるのは自分だけの特権だと思った。それをどうしても伝えたくて繋ぐ手に力を込める。
「わたしだけの特権ですよね」
「……」
「……」
「俺はお前のなんだろ」
「……」
「……」
「え……」
「……」
どこかで聞き覚えがある言葉だと思い、思い返すと女性たちに囲まれているリヴァイに対して放った自分の言葉だった。あの距離で、あの声量で、絶対聞こえていないと思っていたのに何故彼はその言葉を知っているのだろうか。ナマエの頭の中にはたくさんの疑問がぐるぐると低回した。
「き、聞こえて……ました?」
「さあな」
「あ!ずるいです!」
「言ったろ。素直なことはいいことだとな」
「え、まさか……え!?」
先程やられた仕返しか、リヴァイはどこか楽しそうにしている。それに対してナマエはよくわからないと言った表情で彼の顔を覗き込むが全く視線が重ならない。わざとそうしているようだった。
「意地悪リヴァイさん!」
「最初にからかったのはテメェだろうが」
言い負かされる形になったナマエは不服そうに膨れっ面をして見せる。きっと彼女は知ることがないだろう。リヴァイが何故あの言葉を知っていたかなんて。
「(口に出さねぇ割に全部顔に書いてる。まあ本人は気付いてねぇだろうがな)」
ナマエがリヴァイの方を見て言葉を漏らした時、少し前から彼女の存在に気付いていたリヴァイはナマエの表情、口の動き、今の状況を見て大体のことを察していた。もちろん距離があったので声が聞こえた訳ではないが。素直なところも含めて好きだと言えるが、少しくらいわがままも言って欲しいと心の中でボヤくリヴァイ。
そのまま二人で兵団に帰って、頼まれていたお使いをすっかり忘れていたことに気付くナマエがいるのはまた別のお話。
2021 0430
真実様へ
この度は企画にご参加くださりありがとうございました!
頂いたシチュエーション、セリフで構成をねりねりするのめちゃくちゃ楽しかったです。上手く書けているかは別としてわたしもこういうシチュ大好物です……!
mae
tugi 1 / 8