指先から伝わる体温



妊娠が発覚してから数日が過ぎた。ナマエはリヴァイの部屋で書類仕事を一緒にこなしていた。

「これでよし、と」

任されていた分全ての書類に目を通し、不備がないかを確認し終えるとそれを束ねて棚に仕舞う為に書類を持ち上げた。すると───

「おい、妊婦だろ。重たいものは持つな」
「これくらいだいじょぶですよ?」
「何かあってからじゃ遅いだろうが」
「あ…!」

リヴァイは椅子から立ち上がるとナマエが持っていた書類の束を奪うようにして持ち、代わりに彼が書類を棚へと仕舞っていく。妊娠が発覚してからというもの、まだ安定期ですらない妊娠初期なのにリヴァイは些細なことにも敏感だった。

「ありがとうございます」
「気にするな」
「ふふふ」
「……何だ」
「いや、楽しみなんだなぁって思いまして」

先程の書類の件も、僅かな段差でも手を繋いでくれたり妊娠している本人のナマエよりもリヴァイは小さなことに気付き気に掛けてくれるようになった。以前からも良く気が付くタイプだったが妊娠してからは更にそれに拍車がかかっていた。

「…笑うんじゃねぇ」
「…いひゃいれす、りはいさん」

笑われて気恥ずかしくなったのかリヴァイはナマエの頬を軽く抓ってやる。痛い、なんて言いながらも全く痛みは感じていない。それでも困ったように言えばすぐにその手は離れ、優しく頬を包み込んだ。

「…まだ実感が湧かねぇんだよ。こんな俺が本当に父親になるのなんてな」
「わたしもまだまだ実感はないですよ。少しずつでいいんじゃないでしょうか」
「……焦ってもしょうがねぇか」

突然、ナマエの腹の中に新しい生命が宿っていることを知り当人でさえまだ実感がないというのに、リヴァイはもっと実感が湧かないだろう。その生命が産まれてくるのはまだ10ヶ月程先の話。彼女の言うように少しずつ親として自覚していけばいい。

「それより、団長たちには言わなくてだいじょぶですか?」
「まだだ。安定期に入るまでは俺とナマエ二人だけの秘密にしておく」
「うーん……いいんでしょうか」
「言えば騒ぎ立てるバカがいるからな」
「でもどうやって隠しておきましょう?」
「その辺りは俺に任せろ」
「…リヴァイさんがそう言うなら、お任せします」

そんなやり取りを経て、リヴァイの手のひらはナマエの腹をやんわりと撫でる。まだ膨らんでもいないそこに新しい生命が宿っているだなんてにわかに信じ難いが事実なのだ。

「ナマエ」
「はい」
「…ありがとうな」
「ふふ、前にも聞きましたよ」
「何度言ったって足りねぇよ」
「わたしだって、ありがとうございます」

穏やかに時が流れていく。一歩外に出ればそこは壁に囚われた、巨人の脅威に脅かされた世界なのに、今だけはそれを忘れることが出来た。そんな時がずっと続けばいいのにと願った。

後日、妊娠のことは隠して書類仕事に勤しんでいるナマエの元にエルヴィンが現れ、足の調子はどうだと問うたのだ。

「え、足、ですか?」
「階段から落ちて酷い捻挫をしたとリヴァイから聞いたのだが」
「あ、あぁ〜……まだ痛みますが、仕事には差し支えのないよう頑張ります」
「無理はするなよ。リヴァイがうるさいからな」
「は、はい…」

どうやって妊娠の事実を隠すか、となった時リヴァイは俺に任せろと言っていたがまさか『階段から落ちて捻挫した』という理由で上に告げられていたとは。ナマエはとても恥ずかしくなって本気で心配してくれているエルヴィンに対して愛想笑いしか出来なかった。その夜、リヴァイにクレームを付けるナマエの姿があった。


2021 0105

※補足
一話と二話の間のお話。妊娠を隠すいい理由がそれしか思い浮かばなかったリヴァイさん。結局捻挫だけでは間がもたないので風邪やら何やらいろんな理由を付けることになりましたとさ。


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