爽やかな風が吹き抜ける。さわさわと木々が揺れ、心地好さに目を細めながら愛しい人を頭の中で思い描いた。
「実弥さん、もうすぐかなぁ」
名前の頭を占領するのは鬼殺隊・風柱であり恋人でもある不死川実弥だった。ツンツンした無造作な髪型と鋭い目つき、人を守る為に鬼と戦った証である傷だらけの顔と身体。見た目こそ怖くて近寄り難い印象を受けるが本当は心優しい人だと言うことを名前は知っている。そんな彼と任務後にここで落ち合う約束をしており、少し早く任務が終わった名前は今か今かと実弥を待っていた。すると───
「名前」
「…!」
背後から声を掛けられて振り返ると、そこには思い描いていた実弥、ではなく鬼殺隊入隊する為の最終選別であの七日間を共に生き抜いた同期だった。
「わ、久しぶり!」
「久しぶり。元気だった?」
「うん、元気だよ。あなたは?」
「俺もこの通り」
「ふふ、良かったぁ」
会うのはかなり久方振りだ。お互い毎日毎日あちらへこちらへと任務に赴いている為、重なる時は重なるしそうでない時はこうして長期間会わないこともしばしば。本当に会いたい人には鴉に頼り文を送ってもらうことが多い。名前は実弥と文通を交わしている。
「任務の方も順調?」
「ああ、順調さ。まだ十二鬼月には会ったことないけどな」
「確かに異能の鬼には出会っても十二鬼月は滅多に会わないよねぇ」
「早く十二鬼月を倒して、出世したいんだけどそう上手くいかないか」
久しぶりに会えた喜びで話が弾む。つい時間を忘れて話に夢中になっていると先程とは比べ物にならない程の突風が吹き荒れた。
「わっ?!」
「きゃ?!」
咄嗟に目を細め、目元を腕で覆う。春一番が吹くにはまだまだ早い季節だなんて考えていたら風が止んだと共に低い声が響いた。
「おいィ、名前よォ」
「あ、実弥さん!」
「えっ、か、風柱様!?」
ぽん、と肩に手を乗せられて振り返れば口角をヒクヒクさせている実弥が。名前はパッと花が咲いたように笑うが同期は威圧感かはたまたただならぬ殺気を感じたのか背筋を凍らせた。
「ごめんね、この後予定あるの。お互いこれからも頑張ろうね」
断りを入れ、さっさと去って行く同期の背中を見届けた名前と実弥。その姿が見えなくなった頃、彼が口を開く。
「…なァ、何話してた?」
「たわいもない雑談ですよ」
「そもそもあいつは何処の誰だァ?」
「最終選別の同期です」
「………そーかよ」
どこかソワソワしている実弥に名前は不思議に思いながらも、その態度を見て思い付いたことが一つ。
「…もしかして実弥さん、ヤキモチですか?」
こてん、と首を傾げて問えば実弥はその鋭い眼に僅かな動揺を宿した後、大きな手のひらで名前の後頭部を掴んで引き寄せ、耳元でボソッと呟いた。
「…すげェ妬いたわ。つーか言わせんなよなァ」
グリグリと珍しく甘えるように名前の肩に額を押し付ける実弥。それがとても可愛くて名前はそっと頭を撫でてやった。
「ふふ、妬いてくれて嬉しいです」
「ガキ扱いしてんじゃねぇや」
「…!」
長男で、歳上である実弥は頭を撫でられるのがむず痒がったようでコツンと額同士をぶつけてやる。顔が近すぎて名前は頬を赤らめて後ろへ引こうとするが後頭部に添えられた実弥の手がそれを許さない。
「今夜は覚悟しとけェ」
「んッ…!?」
ぷちゅ、と一瞬だけの接吻。離れていく実弥に名残惜しさを感じながら名前は照れ笑いを浮かべた。
2021 0103
mae tugi 3 / 6