それは突然の誘いだった。
「甘味処?」
「…ああ」
「わたしと、冨岡さんで?」
「ああ」
任務と任務の間の僅かな休息。鬼殺隊で柱ではないものの階級・実力共に柱全員が認める程の強さで貢献している名前。彼女が柱になるのも時間の問題だと噂すらある。そんな名前を水柱である冨岡義勇が甘味処へと誘ったのだ。
「嫌か」
「いえ、そんなことは…!」
「………」
「ただ急すぎて驚いたというか」
「…行くぞ」
「ええ!?」
さっさと歩き出す義勇の後ろを慌てて追った。この男はどうしてこうもわかりにくいのかと名前は頭を抱えた。こうして一緒にいることが多いのだがそうなったきっかけはいつだったかと思い返す。けれど曖昧な記憶しか蘇らず気が付いた時にはもうこういう関係だった。名前が義勇を『冨岡さん』と呼ぶのも畏まって水柱様などと呼ぶなと本人に言われたからだ。
「冨岡さん」
「………」
「聞こえてますか?」
「…気に入らないな」
「え!?何か気に障ることしました?」
「………」
「………?」
気まずい沈黙の時間。何かと誘ってくれるのは有難いが正直なところ話題に困るというのが本音。元々おしゃべりなタイプではない義勇だと知ってはいるが2人きりでこの沈黙は耐え難い。何を考えているかわからない義勇に対して呼び掛けてみた。
「冨岡さん」
「………」
「冨岡さんったら!」
「………」
「もう、義勇さん!」
「…!」
痺れを切らしてそう呼べば、ぴたりと止まる義勇の足。それに釣られて名前も足を止めて彼の背中を見やる。
「と、冨岡さん…?」
「……もう一度、」
「え?」
「もう一度、呼べ」
「え、と、冨岡さん?」
「違う」
「ぎ…義勇、さん」
「………」
義勇さん、そう呼べば振り返って満足そうな表情をしている彼。と言ってもいつもの無表情とほとんど変わりはないのだが僅かに蒼い瞳が優しかった。その優しい瞳に見つめられればまるで金縛りにあったかのように身体が動かない。
「え、えっと……?」
「……」
「どうかしましたか?」
「これからも、そう呼んでほしい」
「え…?」
「…嬉しいと感じた」
「わっ…!」
「名前」
ぽふ、と義勇の大きな手のひらが名前の頭を優しく撫でる。それに加えて低く、それでいて優しい声色で名前を呼ばれては心臓が跳ねないわけもなく。ドキリと跳ねた胸が痛かった。
「……義勇さん」
「………」
「あの……」
「顔が赤いが?」
「ぎっ、義勇さんのせいですよ!?」
「……?」
名前は恥ずかしくなって、いたたまれなくなって義勇の手を払い除けるとズカズカと歩みを進めた。今度は義勇が名前の後を追う形になって歩いて行く。
「…何を怒っている?」
「義勇さんは、言葉が足りなすぎます…」
「?」
「ッ、何でもないです!早く行きましょう」
きっと訳が分からない、といった表情をしているであろう義勇の方へ振り向きたくなくて名前は熱が集まる頬を両手で包んで、ドキドキとうるさく脈打つ鼓動を知らんぷりし甘味処の暖簾をくぐった。
2020 1116
mae
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