鬼滅 | ナノ


「やぁあッ!!!」
「この、俺がァ……小娘なんかにィ…!」

名前の振りかざした日輪刀は見事に鬼の首を斬り裂いた。身体と頭が離れ離れになってしまった鬼は悔しそうに捨て台詞を吐きながら跡形もなく消えた。

「はぁ……はぁ……」

鬼が消滅したことを確認すると、先程までの緊張感が一気に緩んでその場に座り込む。今は呼吸を繰り返して身体を、精神を落ち着かせるので精一杯だ。
名前は鬼殺隊の一員だが階級は癸のまだまだ新米剣士だった。とある任務を受け先輩である竈門炭治郎と鬼が出るという町へ赴いた。炭治郎とは任務や蝶屋敷で何度か会っている為よく話をする仲だった。そこに僅かな恋心があることを悟られないように必死にだが。今回ターゲットの鬼は1体、だが途中で分裂、炭治郎とは離れたところでの鬼との一騎打ちになり、初めて一人で鬼を倒したのだ。

「初めて……一人、で……」

ふるふる、と恐怖か安堵か、震える手で刀の柄を握り直す。本当は炭治郎と離れてしまった時点で逃げ出したかった。今までも任務を完了して来たが一人で鬼を倒したことはなかったからだ。けれどそうしなかったのは炭治郎の意思を預かったから。離れ離れになる直前に彼は名前に向かってこう叫んだ。

『名前!負けるな!!名前は強い!!俺がそう認めた!!だから、俺が行くまで負けるな!!!』

と。

「………」

あの言葉がなければきっと逃げ出していたか、鬼に喰われていただろう。何度も脳内で再生される炭治郎の言葉にふ、と表情が緩んだ時。

「名前!!!」
「!」
「無事だったのか!?」
「…はい」
「良かった…」

前方から炭治郎が走って来て名前の目の前で目線を合わせるように膝をついてしゃがむ。お互いにボロボロだが安否を確認すると彼はホッとしたように笑って言った。

「俺と戦っていた鬼が急に消滅したからびっくりしたけど、名前が鬼を倒したんだな」
「…は、はい」
「そっか。よく頑張ったな」
「ッ…」

分裂した鬼のうち、名前と戦っていた方が本体だったようで本体が首を斬られたことによって分身の方は同時に消滅。今回の任務は名前の手柄だった。
ぽん、と炭治郎のゴツゴツとした逞しい手のひらが名前の頭を撫でる。その手つきは酷く優しくて名前の瞳からは一気に大粒の涙が溢れた。

「ッッ…!」
「え!?名前?どうしたんだ?傷が痛むのか?」

急に泣き出した名前を見て炭治郎は撫でていた手を離して慌てる。その慌てっぷりが何だか面白くて名前は涙を流しながらクスッと小さく笑う。悲しくて、傷が痛んで泣いているのではないと匂いで理解した炭治郎も釣られて笑った。

「…わたしが初めて一人で鬼を倒せたのも、炭治郎さんがあの時背中を押してくれたから。そうじゃなきゃ、怖くて逃げ出してました」
「よく逃げ出さずに戦えたね。偉いぞ、名前」
「でもまだ足に力が入らなくて…」
「それは名前が頑張った証だよ」

太陽のように笑う炭治郎は名前の心を暖かく癒していく。今は夜なのにとても眩しい。恐怖と不安で震えていた手はもう安心感で震えはなくなっていて、その手で涙を拭った。

「名前」
「?」
「おいで」
「…え?」

笑顔で両手を広げる炭治郎に名前は戸惑いを見せた。けれど彼は変わらずニコニコと笑うだけ。

「えっと……炭治郎さん?」
「おいで。名前」
「ッ…」

屈託のない笑顔で言われては断れるはずがなかった。その笑顔に、その暖かさに吸い寄せられるように先程までは力が入らなかった足に力が戻り、すっぽりと炭治郎の腕の中に収まりに行く。鬼との戦いで血や泥に塗れているはずなのにそれでも炭治郎からは優しい、温かいお日様のような香りがした。

「頑張った名前にご褒美」
「………」

ぎゅ、と傷に触らない程度に抱き締められれば炭治郎の体温が如実に伝わってくる。安心と、緊張感。きっとそれは匂いですぐにバレてしまうんだろうと抱き締められながら考える。

「た…炭治郎さん」
「どうしたんだ?」
「すごく嬉しいんですけど、これは恋人同士がするものでは…?」

ぎこちなく伝えれば抱き締める力はそのままに炭治郎は少しだけ考える素振りをする。そして、

「名前となら、恋人同士になりたいと思うな」
「…!?」
「あはは、すごく動揺してる匂いがする」
「そ、そりゃするでしょ…!」
「でも嫌な匂いはしない」
「え……」
「名前は、俺のこと好き?」
「なッ…!」
「俺は、頑張り屋な名前が好きだよ」

抱き締められながら真っ直ぐに伝わってくる言葉にどう返せばいいのか、どう反応したら良いのか戸惑った。けれど炭治郎はその全てを匂いで察し背中に回していた手を名前の後頭部にそっと置く。

「に……匂いで、理解してください…」
「ふふ、今はそれで許してあげる」

恥ずかしくて顔を上げることが出来ず、炭治郎の胸にぐりぐりと顔を押し付ければまるで幼子をあやすようにぽんぽんと背中を叩かれる。それが心地好くて体重を預けた。


2020 1115


mae tugi 4 / 6

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