ぱち、と目が覚めて鬼灯は上体を起こす。時間を確認すれば携帯の画面に午前11時07分と映されていた。午前と言ってもほとんど昼に近いと寝起きの頭で考えながら身支度を整える為、ベッドから降りて洗面所へ向かう。
鬼灯は今日は非番の日。前の休みはいつだったかと思い返すが休日も出勤していることの方が多いので忘れてしまった。特にこの休日に何をしようと決めていた訳ではない鬼灯はどうするべきかとぼんやり考える。このまま部屋に引きこもって漢方薬などについての勉強に充てるも良し、これでもかと言うくらい金魚草の世話をするのも良し、気晴らしにどこかへ出掛けるも良し。考えた末に鬼灯は高天原のショッピングモールへと出向くことにした。
「……おや、」
平日ということもあり、ショッピングモール内の人は疎らだった。何か欲しいものがある訳ではない鬼灯だが見覚えのある後ろ姿を見つけたので、小走り気味に駆け寄った。
「名前さん」
「あっ、鬼灯様!こんにちは!」
「お一人なんですか?」
「あ、いや、実は……」
「名前ちゃーーーん!!」
何かを言いかけた名前の言葉に被せるように、遠くから聞こえたのは鬼灯が最も聞きたくなかった声。その声がする方向目掛けて金棒を投げれば綺麗にヒットする音とその声の主の悲鳴が上がった。
「よっしゃ、ストライク」
「ほ、鬼灯様……」
「何しやがるこの闇鬼神!!!」
「不快な声が聞こえたので、つい」
「つい、じゃねぇよ!」
流石、瑞獣と言うべきか。頭に金棒がヒットしたにも関わらず血を流しながらも秒で復活を遂げた白澤に鬼灯は舌打ちを一つ。名前はと言うと二人の関係を知っているが目の前で繰り広げられる喧嘩のようなものにただ慌てるだけだ。
「名前さんは何故、この淫獣と?」
「お薬を買いに行ったら、どうしてもと…」
「ほう。私の名前さんに手を出すつもりか」
「いつお前のもんになったんだよ!!」
「近い将来、必ずそうなるんです」
「予定かよ!!」
「鬼灯様ってば……」
収拾がつかないどころか更にヒートアップしていく喧嘩の中でさらりと言われた台詞に名前はぽん、と顔を赤くした。鬼灯と名前は上司と部下であり友達以上恋人未満な関係だ。数回デートは重ねているが付き合うまでには至っていない。そんな彼女と休日にばったりと出会したのだからこれはチャンスとばかりに鬼灯はどうにかして白澤を潰そうと企む。
「名前ちゃんだって、こんな朴念仁より僕と遊ぶ方が楽しいでしょ!ね?」
「それはお前じゃなく名前さんが決めること。目障りだからとっとと消えろ」
「ぐえっ!?」
「白澤様、大丈夫かな…」
「いいんです。行きましょう」
苛立ちを隠せない鬼灯はギャーギャー喚く白澤に金棒を振り下ろす。大きなたんこぶを作って地面を舐める白澤を放置し、名前の手を引いて歩き出した。
「鬼灯様、今日はお休みですか?」
「そうですよ。することもないのでここに」
先程引いた手はそのままに、ショッピングモール内を探索する。自然とデートになっているがお互いはそのことに触れなかった。
「わたしもお休みなんです。だから鬼灯様と会うことが出来て嬉しいです」
「前もって休みが被っていることを知っていれば現世にでも行けたんですがね」
「ふふふ。それはまた次回に連れてってくださいな。楽しみにしてるので」
頬を染めて嬉しそうに笑う名前に鬼灯は思わず手に込める力を強めた。向こうから返ってくる小さな力に愛おしさが増して何とも言えない感情になる。
「…あ、ここ、見てもいいですか?」
「どうぞ」
名前の目に止まったのはきらびやかなアクセサリーが並ぶ雑貨屋。着物に似合う簪や帯締め、現世の洋服に似合うネックレスなどいろいろなものが陳列されている。その中でも一際目を引いたのが桜をモチーフにした簪だった。光を当てればコーティングされたラメがキラキラと輝いていて、ピンクとゴールドのグラデーションも美しい。思わず手に取って綺麗、と呟いたのを鬼灯は聞き逃さなかった。
「あ」
「これお願いします」
「鬼灯様っ」
「いいんですよ、このくらい」
するり、と名前の手から抜き取った簪を流れるようにレジへ持って行く。そして次の瞬間には簡易的な包装をされた簪が名前の手の中に落ちてくる。
「すみません、買っていただいて…」
「貴女に似合うと思ったんです」
だから気にしないでください、と言う鬼灯に名前は頭を下げてお礼を告げる。そのまま店を出てまた歩き始めた。
「私が勝手にしたことです。それに名前さんはピンクがよく似合う」
「ほ、ほお、ずき、さま……」
ぴたりと足を止めたかと思うと、鬼灯は今名前の髪の毛を纏めている簪を抜いて先程買ったばかりの簪を包装を解いて差した。
「もっと、場所を考えて言うつもりだったんですが。名前さん」
「は、はいっ!?」
バリトンボイスで囁かれた名前にびくりと肩が跳ね、自然と胸が高鳴る。
「私と正式にお付き合いしましょう」
「っ…!」
真っ直ぐな瞳でそう伝えられた。嬉しさのあまり言葉が出てこない名前だがもちろん答えは決まっていて。
「……っお願いします!」
震えた声で伝え、鬼灯に抱きついた。
mae tugi 3 / 13