鬼灯の冷徹 | ナノ


突然視界が揺らぎ、柔らかい衝撃が背中を襲う。立位から仰向けの状態になったまでは把握できたが上手く状況を飲み込めていない。しかし焦ることなく自分が置かれている状況を冷静に考え始めた。

「……随分と積極的ですね。しかし何故、私は名前さんに押し倒されているのでしょうか?」

鬼灯の上に跨る頬を赤らめた名前。何故そういう状況になったのか鬼灯はまだ理解できていない。いつもと変わらない様子で問い掛けるも彼女はただ微笑み名前を呼ぶだけ。

「ふふふ。ほーずきさま!」
「はい」
「んふふ。ほーずきさまぁ」
「……ハァ」

するり、と鬼灯の首元にか細い腕を回して愛おしそうにぎゅうっと抱き着く名前。どうしてこうなったかと言うと、遡ること1時間前。たまたま用事で衆合地獄の花街へ出掛けていた鬼灯はとある居酒屋の前で足取りが覚束無い見覚えのある後ろ姿を見掛けて声を掛けた。それが名前。2人の関係は至って普通の上司と部下だが、流石にこんな状況を見てしまっては放っておくわけにはいかず、彼女の部屋まで送り届けることにしたのだ。無事に部屋に到着したものの名前はすっかり酔っ払っていて部屋に入る前に服を脱ぎ出そうとする始末。慌てて部屋に押し込んだのはいいが、気がつけば押し倒されて今に至る。

「相当酔っ払っていますね」
「酔ってないよーだ」
「それを酔ってると言うんです」

舌足らずな言葉で、まるで子どものような名前に少し困惑する鬼灯。普段の彼女は仕事をサクサクとこなし、あまり目立たない大人しいタイプだからである。

「ほーずきさま」
「次は何ですか」
「んふ、だぁいすき」
「……全く、貴女という人は」

にんまり笑って告げてくる名前に鬼灯は本日何度目かわからない溜め息をついた。

「その言葉、シラフの時に聞かせていただきたかったです」
「んー」

そう言って名前を鬼灯自ら抱き寄せて、額に触れるだけのキスをした。そうだ、こんな状況、本当に嫌だと思うなら鬼灯であれば簡単に名前を押し返してさっさと帰ることができてしまう。それなのに鬼灯がそうしないのは彼女に想いを寄せているから。

「大好き、なの。ずっと、ほーずきさまのこと、大好きだったの」
「知っていますよ」

鬼灯の胸に額をぐりぐり押し付けて甘える名前。シラフなら本当に良かったと思うが、酒が入っていてもこの状況は美味しい。酔っ払っていても名前の言葉は嘘ではないし、自分への想いも知っていた。お互いに想い合っていたのに伝えるタイミングを今まで逃してきただけ。そのタイミングがたまたま今だった、と言うだけの話。

「寝て起きたら、忘れたなんて絶対に言わせませんからね」
「んぅ、」

鬼灯は名前の首元に吸い付くと、鮮やかな赤い花を咲かせた。綺麗に色付いたそれを人差し指でつぅっとなぞってやると、可愛らしさといやらしさが混ざった声が洩れる。

「名前さん」
「あうっ」

ぐりん、と形勢逆転。鬼灯が名前の上に覆い被さる体勢になり、ぐいっと顔を近づける。こんな形で結ばれるなんて思いもしなかったが、鬼灯にとって経緯などどうでもいい。結果が全てだと頭の隅っこで考える。

「好きです、名前さん」
「んふふ、わたしもほーずきさま大好き!」

意外なタイミングで結ばれることになった2人は夜が更けても愛し合うことを止めなかった。
そして次の日の朝、酔っ払っても記憶に残るタイプの名前は自分が鬼灯へしたことに1人羞恥心が溢れて悶絶することになるのだった。

(私の名前さん、最高に可愛いです)
(ああああっ!嬉しいけど恥ずかしい!!)


2018 1010


mae tugi 11 / 13

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