「その痣、またやられたんですか」
「あ、いや、これは…」
仕事中にちらりと見えた手首の痣。見えてしまっては追求しないわけにはいかず、鬼灯はペンを置いて名前の腕を引っ張った。
鬼灯のドスが利いた声と鋭い視線に彼女は目を泳がせながらはっきりとしない言葉を洩らす。
「はぁ……」
「ご、ごめんなさい……」
盛大に溜め息をついた鬼灯は腕は掴んだままだが顔を下に向けた。
名前に異変が起き始めたのは2人が恋仲になってからのこと。最初のうちは直接何かを言われたことにより落ち込んだりするだけだったが次第に行為はエスカレートし、彼女の私物がなくなったり変な噂を流されたり、ついには暴力による傷も目立つようになった。
「どこの誰です?いい加減教えなさい」
「だって、そうしたら鬼灯様、相手を本気で潰しにかかるでしょう?」
「私の大切な名前さんを傷つけたんですからそれなりの裁きは必要でしょう。それに行為はどんどんエスカレートしています。このままだと……」
大切な人が理不尽な理由で傷つけられているのにそれを見過ごす訳にはいかない。顔を上げたが、その先の言葉を飲み込んだ鬼灯はそのまま名前を抱き締めた。突然のことに慌てふためく彼女を余所に執務室の扉をじっと見つめる。
「ほ、鬼灯様……?」
「何でもありません。今日は私の部屋に泊まりなさい」
いいですね?と拒否権を与えないような鋭い口調と目つきに名前はイエスと言わざるを得なかった。
そして次の日。名前が起きた時には既に鬼灯の姿はなかった。いそいそと身支度を整えて出勤すると、目の前に広がる光景に名前は言葉を失った。何故なら鬼灯を取られたからと因縁を付けて今まで彼女に対して陰湿な嫌がらせや暴力を振るってきた女たちがずらりと一列に並んでいたからだ。女たちの表情は怯えているようだった。
「え、ほ、鬼灯様、これは、一体……」
「名前さんをいじめていた奴らを徹底的に洗い出しました」
「なっ……わたしはこんなことしてほしいなんて一度も…!!」
名前の言葉を遮るように鬼灯は金棒を地面に振り下ろす。ガンッ!という鈍い音に名前や女たちは肩を震わせた。
「貴女が頼んでいなくともこいつらが名前さんに謝るまで、私は許しません。私の大切な名前さんを幾度となく傷つけ、泣かせたのですから」
鬼灯の冷たい目つきにその場が八寒地獄のように凍りつく。女たちはただ怯え、俯くだけだ。
「今から全員、名前さんを傷つけたことを謝罪しろ。そして金輪際、彼女に関わるな!!」
怒鳴った後に再び金棒を地面に振り下ろす。女たちは慌て、怯えた様子で床にひざまづき名前に対して謝罪の言葉を何度も口にした。
それからというもの、名前に対する陰湿ないじめはすっかりとなくなり、平和な日々を過ごしていた。痣になっていたところも今では消え掛かっていた。
「名前さん、愛していますよ」
「もう。鬼灯様ったら……」
勤務中だと言うのに愛を囁いてくる鬼灯に名前は頬を赤らめながら嬉しそうに笑う。
「あれからは何もないですか?」
「大丈夫ですよ。あんなやり方で驚きましたけど、もういじめられることはなくなりました」
「ですが、やはり心配なものは心配です。あんなにも傷つけられているんですから」
「鬼灯様のお陰でいじめがなくなったんですよ?鬼灯様がいる限り安心できます」
「……出来ることなら、名前さんを誰の目にも触れないところに閉じ込めておきたいくらいです」
「それはちょっと……怖いですよ」
未だに心配な鬼灯に対し、名前は大丈夫だと強気な笑みを見せてやる。そんな彼女の頭を優しく撫でた鬼灯は自分の中で名前を閉じ込めておきたいという気持ちに蓋をした。
「鬼灯様」
「どうしたんです?」
「…わたしも、愛してますよ」
「……本当に閉じ込めてやろうか」
「え?!」
「……冗談です」
「(目が本気だった……)」
2018 1006
mae tugi 9 / 13