地獄では自分の身は自分で守るというのが鉄則。大好きな人の手を煩わせたくなくて、自分なりに護身術を学んだり催眠スプレーを持ち歩く等、自衛はしていたつもりだった。けれど―――
「ッ……!」
「……ほ、ずき、さん…」
刀で横腹をざっくり斬られた鬼灯。ぽたり、ぽたりと滴る血液は名前の衣服に赤黒く染めていく。
叫喚地獄で亡者たちが束になり反乱を起こしたのだ。叫喚地獄に就く獄卒も必死になり止めるも数が足りずにただの時間稼ぎにしかならない。やがて知らせを受けた鬼灯や別の地獄から応援が駆け付け、反乱は収まっていく一方だったが隙をつかれて名前が狙われたのだ。
「嫌ッ……鬼灯さん!!」
「く……」
名前を庇って斬られた鬼灯は普段はなかなか崩れることのないポーカーフェイスも今では痛みで顰めている。自衛はしていたし彼女も獄卒であるからそれなりに強い。しかし不意打ちだった為対応が遅れてしまったことが原因だ。
「この……下衆共がッ…!」
「ヒィッ!?」
「死ね!!!!」
痛みを堪えながら愛用の金棒を握り直し、そして思い切り振り上げた。鬼灯を斬りつけた亡者は、金棒でひと殴りされ呆気なく地を舐める結果となった。やがて反乱も獄卒たちの手により収まり、亡者は全員確保された。
「鬼灯さんっ!」
「名前さん……」
「ごめっ、ごめんなさいっ……わたしが、弱かったからっ…鬼灯さんが……!」
痛々しい傷跡を見て、涙を堪えきれなくなった名前はボロボロと泣き崩れ、鬼灯に対して謝罪の言葉を口にする。自分を守れないなら鬼灯に嫌われてしまう。地獄で生きるなら、鬼灯の隣を歩くなら強く生きていないといけないのに。
「いえ、傷口は浅いので大丈夫です」
「でもっ……血がたくさん…!」
「鬼ですから、これくらい平気ですよ」
大怪我をしてなお、名前に対しては優しく接する鬼灯。それに対して彼女はみっともない言葉を紡ぐしか出来ない自分を責めた。
「鬼灯さんと一緒にいるなら、強くいないといけないのに……こんなんじゃ…いない方が……ッ!?」
自分を責め続ける名前を鬼灯は強く抱き締めた。傷口から血が零れてもお構いなしに。
「確かに地獄では自分の身は自分で守るのが鉄則です。しかし、好きな女性くらい守らせてください。私は名前さんに隣にいてほしいです」
優しく紡がれた言葉に名前は涙するしかなかった。もう彼の隣にはいられない覚悟もしておかないとと心の隅っこで考えていたから。
「名前さんに怪我がなくて良かったです」
「鬼灯さん……!」
いつもと変わらぬバリトンボイスで言い放ち、鬼灯の大きな手のひらが名前の頭をふんわりと撫でた。
「しかし流石にこれは病院に行かないといけないですね。着いてきてくれますか?」
「も、もちろんです…!」
隣にいることを許された喜びを胸に名前は強くなると固く決意した。
2018 1001
mae tugi 8 / 13