鬼灯の冷徹 | ナノ


「鬼灯様って彼女とか作んないのかなぁ」

閻魔殿。ぽつりと呟かれた茄子の言葉に反応を示したのは同期の唐瓜と昼休みを利用してふらっと遊びに来ていたシロだった。

「仕事一本のあの鬼灯様だぜ?彼女なんて作る訳ねぇじゃん」
「そもそも鬼灯様って、恋愛とかの類いに興味なさそうだよね!」

聞きようによっては悪口とも取れる言葉だが、幸いにも鬼灯はこの場にはいない。他人の色恋事情や恋愛観を否定したり悪く言うつもりもないが、何せあの地獄の鬼神。浮いた話の一つすら出てこない。そんな話で持ち切りの中、鬼灯がいないとばかりにだらけていた閻魔大王が口を開いた。

「いるよ」
「え?」

訳がわからないとキョトンとした表情のまま、茄子たちは閻魔大王を見上げた。

「鬼灯君。ああ見えているんだよ。しかも奥さん」
「「「ええーーーーっ!?」」」

閻魔大王の言葉に驚きを隠せない茄子、唐瓜、シロは大きな声を出した。無理もないだろう。あの鬼灯に彼女ではなく嫁がいると言うのだから。

「うるさいですよ」
「あ、鬼灯様」
「今ね、鬼灯様に奥さんがいるって聞いたんだけど本当?」

と、戻って来た鬼灯に視線が集まる。シロが遠慮もなしに質問を投げ掛ければ内心ヒヤヒヤしてたまらない茄子と唐瓜はまともに鬼灯を見ることが出来ないでいる。

「はい。いてますよ」
「え!!本当なんですか!?」
「嘘をついてどうするんです」
「まぁ確かにそうだよなぁ」
「何で黙ってたの?」
「隠すことでもなければわざわざ言う必要もないでしょう」

書物がたくさん入ったワゴンから必要な巻物を取り出しながら答える鬼灯。いろいろ聞き出したくてたまらない茄子と唐瓜はソワソワし始めた。そんな2人のことはつゆ知らず、シロは更に質問を投げ掛ける。

「鬼灯様の奥さんってどんな人?獄卒?」
「雪鬼です」
「雪鬼って……春一さんみたいな?」
「はい。八寒地獄で暮らしています」
「へえー!」
「名前ちゃんって言うんだ。かわいい子だよ」

閻魔大王はにこやかな表情で話す。それに比べて鬼灯は相変わらずの無表情だが幾分か口元が緩んでいるように思えた。

「俺、名前さんに会ってみたいな!」
「俺も俺も!」
「それなら今日、ここへ来ると連絡があったのでもうすぐ来ると「ほーーーずきさまーー!!!」

バァン!と扉が乱暴に開かれたかと思えば、閻魔殿に響き渡る程の大きな声。何事かと振り返ればそこには綺麗な銀髪ロングヘアの女性がいた。

「鬼灯様!会いたかった!!1週間ぶりですね!!」
「はぁ。もう少し静かに入ってくれませんかねぇ」
「もしかしてこの人が奥さん?」

パタパタと駆け寄って来て鬼灯に抱き着いた女性。シロが首を傾げながら聞くと鬼灯は躊躇うことなく頷いた。

「す、すげぇ……雪鬼って春一さんみたいなタイプだけじゃないんだな」
「というか、春一さんとは全くもって真逆のタイプだよな」

唐瓜と茄子は苦笑を零しながら話す。無理もない、雪鬼と聞かされればあのおっとりとした春一が印象的であり、その彼とは違うタイプの雪鬼が登場したのだから。

「ほら、挨拶をなさい」
「はーい」
「…奥さんっていうより子ども?」
「おまっ、こら!!」
「いいのいいの。わたしは名前!普段は八寒地獄に住んでるんだけど、週に1回だけ鬼灯様に会いに来てるの」

よろしくね、とふにゃりとした笑顔で挨拶をした名前。そこで疑問が浮かんだ唐瓜は素直に問い掛けてみた。

「え、結婚してるのに、一緒に住んでないんですか?」
「私は八大の鬼で、名前さんは八寒の鬼です。どちらかに住むには環境が違いすぎる」
「そっか、そりゃそうだよな。俺も八寒に住めって言われたら絶対断ると思う」
「わたしは週に1回でも会えることが嬉しいの。お互いにお仕事も忙しいしね」
「その辺はさっぱりというか、ちゃんと割り切ってるんだね!すごいや!」
「これって現世で言う週末婚ってやつだよな…」

夫婦の数だけそれぞれ形がある。鬼灯と名前は特別かも知れないがお互いにそれを理解し割り切っている。遠く離れているが好きなことには変わりはない。特別な事情があることを考えた上で2人が納得した結果が今なのだから。

「ということで大王。私は定時で上がらせてもらいますよ。その机の上の書類、自分でどうにかしろ」
「えぇっ!?この量をワシ1人で!?鬼灯君ってば結婚しても全然変わんないんだから!」
「結婚は結婚、仕事は仕事。貴方がテキパキこなせばこんなに溜まることはないんです」
「ふふふ。じゃあ鬼灯様、あと少しお仕事頑張ってね」
「名前さんは私の部屋で待っていてください。合鍵は…」
「ちゃんと持ってるよ。晩ごはん腕を奮って作っちゃお!」
「楽しみにしていますよ」

鋭い三白眼で閻魔大王を睨み付けたが名前の言葉により、鬼灯は再び口元が緩んだように思えた。彼女は鬼灯の頬にキスを一つ落とし、スキップをしながら去って行った。

「いろいろあるけど、本人たちが幸せならそれでいいよね!」
「ま、そうだな」

シロの言葉に唐瓜と茄子は納得したように頷いた。


mae tugi 7 / 13

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