小説おおぶり | ナノ


▽ 04:野球部の遭遇率


「よっ、と」



長かった一日分の授業が終わって、通学用の鞄に手をかける。教科書やら筆箱やら弁当箱は既にこの中に収まっているので、後はこれを持って部室に向かえば完璧だ。

そう思ってにやけていた私の顔をあっさりと壊してくれたのは、ホームルーム担任の一言だった。

先生は私の顔を見て何かを思い出したように私の方へやってくると、指を指して、言った。



「あ、北條。お前後で職員室な」

「え、あ、はい?」

「職員室」



先生は単語だけ述べると早く来いな、とサラリと言って教室を出ていってしまった。

ピシリ、と固まる私に「ドンマイ!」と耳打ちする唯ちゃん。

あれ、目から何か汁が。


仕方なく鞄から手を放して「…行ってきます」と呟くと、唯ちゃんがにこやかに手を振ってくれた。あらま、嫌みにしか見えない不思議。





溜め息一つに職員室に向かうと、がらり、と開いた職員室のドアから出てきた今会いたくない人物No.1とバッタリ出くわしてしまった。いや、別に会いたくないと言うより気まずいというかね。



「(げ!あ、阿部…)」

「……何?」



ビックリして暫く顔を見ていたのだろうか、最も今話し掛けられたくない人物に声を掛けられてしまった。畜生、やり過ごすつもりだったのに。

阿部は怪訝そうな顔つきで近くまでやってくると、じ、私の顔を見た。も、もしかして…バレた!?

そう思うと、心臓の鼓動が一層速まった。



「…俺の顔に何か付いてる?」

「い、いえ…何にも付いてない…デス」



…そ、とそれだけ言うと阿部は私の前から立ち去った。まだ早い心臓を落ち着かせる為に深呼吸を一つして、ようやく職員室の扉を開けた。


「(誰かに似てる気すっけど…誰だっけ?)」






中に入ると担任の先生が呑気そうに自分の机から手を振って私をそこまで招いた。

早くおわんねーかな、と思っていると、先生はそんな私を見て苦笑し私にほい、と高さ20センチほどのノートの山を躊躇いなく渡してきた。

ちょっと待て。私は一応女の子なんですが。



「授業6限のうち6限とも寝るなんていい度胸してんじゃないか」

「…つまり、これは居眠りのペナルティ?ですか」

「まあそういうことだな」



よろしく!と良い笑顔で先生はシュバッと片手を挙げると、さあさあ忙しい〜と言って職員室の奥の方の部屋に逃げやがりました。

あのクソ担任!


失礼しました、と半ばキレ気味に職員室の扉を閉めると良い音がした。が私は気にせず後を急いだ。

早く部活がしたいのに、どうしてこう邪魔ばっかり、と今日の行動運に悪態を着きながら早歩きで教室を目指す。

これ、一応重いんですが。


たかたか、とリズム良く階段を降りる。昇るのよりは幾分楽だが、何しろ、持っている荷物のせいで段が見えない。横からの視界とカンを頼りにしつつ、階段を降り進めた。


にしても重い。意外と。


唯ちゃんにでもついてきて貰えば良かったかもしれない、と思う裏腹、此れくらい持てなくてどうする、といった地味な葛藤が自分の中で起こっていた。


これ運んだら、部活。部活。

そう心の中で呟いて自分を戒める。


階段を上ったり下りたりを繰り返して、最後の一段をようやく上り終えようとしたところで積み重ねられたノートの山がバランスを崩してしまった。

しまった…!と思った所で時すでに遅し。ノートはバサバサと音を立てて階段に滑り落ちた。


うわぁああ…と自分も階段にしゃがみこんでノートを拾い集める。40人分、なだけあって拾うの大変で、ノートを落としてしまった罪悪感の中いそいそとその作業に取り組んだ。


ずるずると落ちたノートを辿って踊り場まで下ろうと下を向くと、目の前には落ちてしまっていただろうノートたちがずい、と差し出されていた。



「はい。大丈夫?」

「あ…栄口くん」



手の主を辿るといつもの爽やか笑顔の栄口くんが私を見上げていた。にこ、なんて効果音が似合う栄口くんはやっぱり良い人なんだなぁ、とか思う反面、うわぁああ野球部遭遇率ぅうう!!なんて心の中では慌てていた。が、どうにかこうには冷静を装って笑顔で「ありがとう」と言うことが出来た自分を誰か褒めてほしい、うん。



「これ一人じゃ重くない?手伝うよ」

「いいいやいやそんなそんな!!悪いよ!」

「いーよ気にしないで!」



俺のワガママだから!なんてサラリと言いのけ、栄口くんは私の集めたノートをひょいと持ち上げて歩き出した。私も残りのノートを急いで持ち上げて、栄口くんの後を追う。



「ごめんね。栄口くん、部活あるのに…」

「大丈夫だよ、今日始まるのゆっくりだし。それより、先生も一人でこれ運ばせるの酷くない?」

「うん、それ凄い思った。授業中殆ど寝てたからって…」

「マジで!?やるねー」

「睡魔には勝てないよー」



苦笑いすると、栄口くんも私につられて笑った。いつも思うけど、栄口くんの笑顔は見てるとほっこりするというか、癒されるなぁ。

他愛ない話をしながら教室に着いて、それから栄口くんと別れた。栄口くんみたいな優しい人を騙しているのはいい気分じゃないけれど、もしバレてしまった時のことを考える方が自分にとっては嫌だった。

いつか必ず打ち明けなければならないとは分かっていても。



やっと鞄を持つと、空いた窓から射し込んでくる西陽に少し目を細めてから、俺も教室を後にした。



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