小説おおぶり | ナノ


▽ 01:夢と野球と


あの空には手が届かない


そんなのは分かってる


だけど足掻かずには


いられない









*****









「オイ北條、ボサッとしてん、な……よっ!!」

「っ!」



ビュンッと飛んできた白球をすんでの所でグローブに収める。あぶねーな、と返すとお前が悪いんだろ、と言う返事が返ってきた。


タッタッとリズム良く先程球を投げた人物がこちらに走ってきて、グローブで俺の肩をポンと叩いた。そして、ニヤリと笑った。俺もソイツにつられてニヤリと笑う。



「北條だったら取れんだろーと思ってよ」

「まーね。俺ノック得意だからさー、なんつって」



北條うぜー、と俺の目の前の人物は顔をしかめた。バカ泉、と呟くとうっせ、と返ってきた。そして二人して笑う。



「あ、今日モモカンいないんだっけ」

「今日はシガポだけだぞ。なんでも、急用とかで」



ふーん、と軽く返事を返して、皆がいるところへ二人で戻った。ちなみに今はグラウンド整備が終わって片付けしてたんだけど、俺はボケッとしてたから、こうして泉のお怒り…ではないけど、受けることになった。注意、くらいかな。


戻ると、花井が多分練習メニューらしき紙を持っていたので後ろからスルリと奪い取ってやった。

あ!という花井が面白い。



「この辺にアメリカンノック足さない?絶対たのしーよ」

「多分時間ねーから無理だろ。つか北條、勝手に奪うなバカ!」



ごめんね花井〜、と言いながら頭を撫でたら更に怒られた。もっと慈悲の心を持てよ!!南無阿弥ーと言ったら坊主じゃねぇ!!とやっぱり怒鳴られた。


花井がメニューを読んで、次の練習に移る。

ちなみに次はバッティング練習と基礎体力作りのメニュー。先に俺はバッティングなので、近くにいた水谷を誘って、二人でバッティング練習に入った。




水谷が投げるボールがカキーン、という音を立ててネットに絡み取られる。



「あー、この音好きだー」

「北條野球やたら好きだよなー」

「おうよ!毎日やれる幸せ感じて日々生きてるよー」



アハハ、と笑いながらやっぱりバットを動かす。ぶん、というバットの質量にすら、愛着を感じる。


自分は、本当はこうして硬式野球をしているのさえ不思議なのだから。



そう思ったら入学したばかりのころの記憶が、頭を過ぎった。


西浦高校。私服登校有りとか、家から近いのを理由に進学を決めた。

真っ先に見に行ったのはソフトだったけど、やっぱり硬式がしたかった。でも私は女だから、出来ないのは理解してる。けれど、やっぱり諦められなくて、硬式を覗きに行った。

今年から出来た硬式野球部。
一年生だけのチーム。

その時出会ったのがモモカン…百枝監督で。女の監督さんに会うのは初めてだった。

それに、色んな意味で凄い迫力で、圧倒された。


マネージャー希望?とぐいぐい引っ張られた時は死ぬかと思った。


『私っ…!マネージャーじゃなくて、硬式野球が、したいんです…っ!!』


そう言ったあの時。言った事に偽りも無いし、後悔もしていない。でも、それは無い物ねだりの子供の発言であることも、同時に分かっていた。


モモカンはびっくりしたような顔をして、私に優しく微笑んだ。それから、自分の想いを必死に打ち明けていたらなんだか涙が溢れてきて泣きじゃくった。よしよし、と頭にモモカンの暖かい手の感触がしたのを覚えている。



全部私のエゴだ。無理なのを分かっていても、私はどうしても諦められなかった。

叶うはずがないと諦めた夢。大好きな野球と決別を決めたはずだったのに。


涙を拭って、ごめんなさい、と言って立ち去るつもりだった。きっとあやされて無理だと言われると思ったから。


けれどモモカンは私の肩を掴み、真剣な顔つきで私を見た。
モモカンの口から出たのは、目を見張るようなものだった。


『…試合には出られないよ?』


『…っ!…はい』


『辛くて大変な思いをすることもあると思う。それでも、堪えられる?』


『、覚悟は出来てます』


野球が出来るなら、と私は付け加えた。

まさか、ね。とこの時は本気にしなかったけど。



よし!とモモカンは言うと、自分の被っていた西浦の野球帽を私にぼす、と被せた。

びっくりしてモモカンを見上げると、ニッコリとした笑顔が返ってきた。そして、指を指して私に言った―――――








「ふふふ、ふふっ…」

「こ、壊れた…!!遂に北條が…!!つかキモい!!」



おっと、ついにやけ顔になってしまった。腹いせに水谷をオラァ!!とバットで殴れば、悲鳴をあげる水谷。一緒にバッティングをしていた栄口と、あ…あ…「阿部だ」そうそう阿部がこっちを見た。

阿部の目が冷ややかなのが物凄い気になる。栄口は、わぁ…痛そうー…なんて言ってあげてるとっても優しい人だ。



「てか俺の心読めんの阿部!!すげーお前エスパー?」

「お前の顔見りゃ誰でも分かるわ馬鹿。つか早く名前位覚えろよ」

「そっか。ただの凡人かつまんない。あ、ごめん水谷。手元が狂っちまったよエヘ」

「棒読みで言うなよぉおっ…!!…」



うん、水谷はイジメがいがあって好きだぞ!うずくまって痛みを堪えてる水谷を余所に俺は素振りをする。でも、そんな強くはやってないんだけどな、オ・レ☆



「もー、阿部のせいで水谷がフリーズしちまったよー。ノック進まねーよばかー」

「俺関係ねぇよっ!」

「まあまあ二人ともー」



おら、サボってんなよー!!という声が遠くから聞こえてきて、じゃあ再開すっかーと水谷を起こした。水谷不憫だ、と栄口がぼそりと呟いたのが聞こえたけど、きっと周知の事実だ。

それから、再び空にキィン!という音が鳴り響いた。




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