小説おおぶり | ナノ


▽ 12:出会いと別れは一期一会


その後田島が戻ってきて二点目を取ったところで、試合の空気は一転した。


話の流れ的に、三橋の実力を認め、本気で勝ちに行く、という話でまとまったようだった。



俺はその様子をフォアボールで進塁した一塁の上でその様子を見ていた。ピッチャーの…叶くん、だったか。彼の一言が無かったらうちの圧倒的勝利で終わっていただろうに。流れが変わって、これから面白くなりそうだ。



「まあ、勝つのはうちだけど」



そうくすり、と笑って呟いた言葉は、のっぽ氏に拾われたようで、「あほ。これからうちの快進撃が始まるんやわ」と返ってきた。



「あれ、なんでのっぽ氏こんなとこいんの?」

「おま、俺ファーストやゆうたやないか」

「あ、そうだったね」



交代や、というのっぽ氏の言葉にへーいと適当に返事して、俺はのっぽ氏のいるファーストから離れた。ベンチに戻ると、巣山が準備をしていたので、声をかけた。



「巣山、あとは頼んだぜー」

「おう。まかせろ」

「俺はコーチャー頑張るからよ」



これから俺と交代する巣山とハイタッチして、ベンチに座った。これから俺の仕事はコーチャーだ。ここで交代するのは正直面白くはないが、これも監督との約束であり、本来なら試合に出れるはずもない俺に試合に出させてくれたのだから、俺はそれで十分満足だ。



「監督」

「北條くん、お疲れ様」

「…ありがとうございました」



皆が守備に出払って、西広しか残っていないベンチで、俺は監督に頭を下げた。監督は俺の頭にぽすんと手を乗せると、「まだ終わってないわよ?」と上から楽しそうな声が降ってきた。



「…それは?コーチャーとして仕事が残ってるってことですか?」

「さあ。どうでしょうね?」



さ、北條くんは西広君に今の間に色々教えてあげてね!と俺の背中を叩いて西広のところに追いやった。…監督はいつも何を考えているのかよくわからないが、とりあえず「まだ終わっていない」らしい。



「…まあいいか。よっし西広ー。北條先生の野球講座開講すっけど何か聞きたいことあるー?」

「んー。じゃあ、教えてもらおうかな」



俺のちゃらけた台詞にも動揺せず、西広はいつものように笑うと、俺の解説を聞きながらうんうん、と静かに話を聞いてくれた。流石西広だ。勉強熱心な所は本当に西広の強みだと思う。



「西広。きっと西広はうまくなるよ!」

「ほんと?なんか北條に言ってもらえると本当になりそうだね」

「うんうん。一緒に頑張ろうなー!わかんないことはいつでも聞いてな!」



そう俺は西広と笑いあった。










展開を見せたのは、七回の三星の攻撃の回。
これならレフトの水谷がとって終わりだろう、というところで…まさかの。



「え、エラー…?」



俺は唖然とした顔でつぶやいた。思わず、口から出てしまうほどの、これは普通とれるだろう、という感じだったのに。キャッチャーを見れば、そこには般若がいた。



「あ、ベンチにも、いた」



モモカンの顔に浮かぶ、般若。いや、見なかったらよかった。軽くトラウマだ。西広が見ないように、俺は見ようとする西広を手で制した。



「まじクソレフトだな…。水谷。あとでネタにしてやろ」



それにしても、心配なのが阿部だ。ノーヒットノーランを狙っているだろう阿部が、のっぽ氏をどうやって抑えるのか。モモカンも心配しているらしく、顔が般若顔からもとに戻っていた。


そして、俺たちの不安は、現実のものになる。


のっぽ氏が変なスイングをしているのを見て、俺は違和感を受けた。そして、それもつかの間。



「三塁打っ…!」



流石のっぽ氏というべきか。あの巨体で三塁打を打つのは当然。寧ろ、最悪ホームランだってあり得る。次は…クソ畠か。



「北條、クソって言っちゃだめだよ」

「あ、ごめん口から出てたてへぺろ」

「真顔で言わないで怖いよ北條」

「…北條くん、次水谷くんと交代しましょ」

「…え、監督?いいんすか?」



俺が少し瞠目して、監督を見ると、監督はにやりと笑った。…その顔、凄く、怖いです。




「水谷くんに気を抜くと危ないってことを今のうちに身を以て体験させとこうと思ってね」

「わあカントク超腹黒」

「策士って言ってくれないかしら」



そんなやりとりをみて、西広は苦笑した。まあ、俺にポジションは奪われないだろうけど、いつか…西広に奪われないとも限らない。水谷は早く危機感を持つべきだ。


そうしている間に、畠に打たれたHR。三橋が崩れるか、と見えたが、持ちこたえたようだ。流石畠と言うべきか、伊達にずっと三橋の球を打ってきた、捕ってきたわけじゃないようだ。あれはHRが来ると分かってたスイングだった。




そして、皆が返ってきて、監督が告げた一言に、皆が震撼した。(主に水谷が)






「(三橋の対応、どうしようか)」



白紙のような顔をしている水谷の肩をご愁傷様、と叩いて、俺は思案した。ベンチに帰ってきたのは、三橋以外のメンバー。三橋は、多分どこかで蹲っているんだろうと思う。そこで動いたのが…阿部だった。これ以上の適任はいない。俺は阿部に任せることにした。



そして俺たちの攻撃。モモカンが提案したのは…ピッチャーの体力の消費。



「上手いけどこわいなあ」

「ん?」

「モモカンの指示」

「…ああ、そうだな」



そして、うちの攻撃が始まった。モモカンの作戦は効いているようで、フォアボールや、デッドボールが目立った。そして、満塁。そして次の打者は…田島。

叶君のフォークが変わっても、流石田島であり、三球目でしっかりとヒットさせ、同点に追いついた。そして、花井のバントからの阿部の帰還。これでしっかり逆転。ベンチが湧いた。



気付いたら田島が三橋を励ましに行っていて、三橋を持って帰ってきていた。ベンチからは三橋を心配するような言葉が、三橋を待っていて。



「三橋。お前はよく頑張ってるよ。だからそんな顔しない!」



俺は三橋の背中に手を置き、そう言って笑った。三橋は、少し瞠目すると、ぎこちなく首を縦に振った。



「まあ、水谷はクビにされたのは自業自得だけどな!」

「おまっ…!今その傷えぐんなって!」



三橋より泣きそうな顔をする水谷に俺は爆笑して、お前の分も頑張ってくるなー!とベンチを後にした。これで水谷も反省すればいいのだ。三橋のパーフェクトを奪った罰だ。これくらい受ければいい。



「なあ、西広。北條酷くねえ?」

「…あははは…でもまあ、いつものことじゃない?」







それから、俺は水谷の代わりにしっかり仕事をしたと思う。

そして、最後の織田を打ち取った時の三橋の顔は、俺は一生忘れないと思う。




「あーー今日の試合!楽しかったなあ!」



俺は…私は、球場近くのトイレで着替えていた。幸運なことに、休日なのに野球部以外の部活はもう終わっているようで、誰もいない。男女別学校なので、トイレは男子トイレしかなかったが、私立なだけあって、野外トイレも綺麗だ。ちゃんと掃除も行き届いている。

ばしゃばしゃと顔と髪を洗って、汗でびっしょりになったアンダーやら、サラシを取り、ごしごしと汗を拭いた。



「にしてもサラシやっぱ慣れないなー。苦しいし。そんな胸もないけど。はあ、男子がうらやましい…」



ぺたり、と鏡を見ながら自分の姿を見る。髪型もゴムをほどいているため、少し長い。今の姿は、誰から見ても「女」だった。

これが性別、か。毎度、引け目を感じてしまう。



「いやでもっ!今日は他校と試合できたし!叶君のフォークもどっちも打てたし、満足満足!畠も三橋のこと見直すだろうし、本当に良かった…」



三橋は三星に戻りたいんだろうか。試合中に、ずっとちらちらと三星のベンチを見ていたから、まだ未練があるのかとずっと思っていたけれど、流石に聞けなかった。三橋が戻りたいなら、戻ればいいだろうし、それは三橋次第なんだろうけど。



「はあ。三橋、行っちゃわないよね…。いや、大丈夫でしょう!!うん!阿部が離さないだろうしなーうん、大丈夫大丈夫!よっしゃ着替えちゃおーっと」

「そこに誰かいんのか?」

「へ…?」



私は、反射的に声のする方を見てしまった。自分の置かれている状況にも気付かずに。



「…叶…くん?」

「あ、お前西浦の俺のフォークを打った…!って…お前…っっっ!!!!」

「…?………!!!!!」



思いっきり顔を背ける叶くんと、自分の今の姿を見て、そして気付いた。この事態の重大さを。

今の私の格好といえば、上半身裸、下はそのまま。そう、トンデモナイ格好をしてるわけで。

私はすぐに近くにあった着替え用の服を取り、上半身を隠した。きっと、今の私は、目の前の叶くんよりも真っ赤な顔をしているに違いない。急速沸騰する頭で、考えて、発することが出来た言葉は、思った以上に、陳腐な言葉だった。


「み…み、た…?」

「お前、おん…な?」

「だ、誰にも言わないでっ!!」



おんな、という言葉に反応して、私は無我夢中で叶くんの口を押えていた。むがっ!?という叶くんの言葉も無視して泣きながら、私は叶くんに何度も懇願していた。

コクコク、と頷く叶くんを見て、私は安心したように手を離して、よ、良かった…とその場に崩れ落ちた。



「だ、誰も言わないから、おま、とりあえず早く着替えろって!!」

「え、あっ!!」



気付いた時にはトイレの一室に私は荷物と共に押し込まれていて、手洗い場に残っていた荷物はぽいぽいっと上から投げ入れられた。ちょっと雑い気はするが、有難いことは有難い。

――そういえば、私、この格好で叶くんに口止めしてたのか…。

そう思うと再度顔が赤くなって、頭が急速沸騰する。あああ、もう、私はなんてことしちゃったんだ…!!!いやでも、叫ばなかったところだけ、自分を褒めたい。そこだけ、だけど。



「…ごめん」

「い、いや、私こそ…ごめん、なさい」



ぼそり、と壁の向こうから聞こえる申し訳なさそうな声に返事をして、私は急いで着替えを済ませた。ぎこちない動きで個室から出ると、未だ赤面している叶くんが、そこにいた。お互いの間に、気まずい雰囲気が流れる。それも仕方のないことなんだけれど、叶くんには悪いことをしてしまった。



「あ、あははー、ばれちゃったなぁ…。これでも西浦では上手くやってんだけどなぁ」

「……」

「あ、あの。あんまり、気にしないでね…?元はと言えば、最初っから個室で着替えてなかった私が悪いんだし、叶くんは被害者と言うか…うん、そう叶くんは被害者で、これっぽっちも悪くないからさ!」



あはは、と無理やり笑顔を作って、明るく振る舞う。これ以上、会話を続けるのも、私の精神的に厳しかった。それに、あんまり遅くなると皆に迷惑をかけてしまう。主に、モモカンに。すぐに髪を結びなおして、いつものような髪型で帽子を被る。今の姿の私は、多分男子に見えるはずだ。…いつも通りであれば。



「今日の試合、楽しかったよ。ありがとう。叶くんのフォーク、凄いと思う。これからも三星で頑張って。…じゃ、“俺”、もう行くから」



そう言って、足早に叶くんの隣を通り過ぎようとした瞬間に、腕を掴まれる。このことに私は驚いて目を見開いたが、見る限り、私以上に叶くん自身が驚いているようだった。



「…?」

「あ、あの、えっと…」



狼狽えて言葉に詰まる叶くんを見て、あのマウンド上で堂々としていた叶くんと比べてしまい、少し笑ってしまった。



「?何で笑ってんだ?」

「いや、マウンド上とのギャップというかなんというか…」

「!!うっせぇよ!!あーーー、その、なんてーかさ…」



ポリポリ、と鼻頭を掻きながら目線を逸らして気まずそうにあーだとかうーだとか唸って、そして、俺に向き直ってから、決心したように言った。



「俺、正直あんなにきれいに自慢のフォーク打たれると思ってなかった。だから正直、めっちゃ悔しい。それに、女の子に…だし」

「……何?女の子だから悔しいって言いたいワケ?」

「半分、本音。でも、俺、今女子のこと見直した…かも。…お前見てさ」

「!!!」



叶くんの言葉に私は瞠目した。…まさか、そんなことを言ってくれるなんて、思わなかったから。

驚いたように沈黙する私を見て、叶くんは気まずいようにまた唸りだして、そして、俺の手を取って、はっきりと言った。



「俺が言えたことじゃないかもしれないけど、お前、スゲーセンスあると思う!だから、…だから!頑張れよ!!ぜってー、あきらめんな」

「!!!…っ、ありがとう」



俺は、…私は、しっかりと叶くんの目を見て、泣き笑いの表情を浮かべた。
…ありがとう、叶くん。





「おーい叶、そろそろ西浦の奴ら帰るみたいやでーっと、あれ、お前西浦のチビやん。どうしたんこんなところで二人で手え握って。お前らもしかして…ホモ?」

「「はああっ?!!何言ってんだテメエ!!!」」

「…えらい仲よーなったんやな…」



俺たちの剣幕に押されて、のっぽ氏は驚いたように言葉を濁した。あー、俺もう行くわ、と叶くんに伝えて、これで今度こそお別れみたいだ。俺は二人に再び向き直ると、「ありがとうな」と頭を下げた。



「おー。チビ助。また会おうや。元気でな」

「のっぽ氏も。叶くん支えてやってよな」

「何でお前がそこ心配するんだよ?!」

「いやー、そこはね、偉大なる三星のエースに敬意を表してだよ?」

「あーーあーーありがとな。つかお前、連絡先、教えろよ」



え?という顔をした俺に、色々聞きたいこともあるしな?と耳元でこっそり囁かれて、俺は思わず赤面した。色々先ほどのことを思い出したのもあるが、叶くんのにやりとした顔を見たのも原因だと思う。いや、そういうことにしといて欲しい。



「なんやお前らホントにデキとるん?」

「織田ぶっ飛ばすぞテメエ」

「俺の分も頼んだ叶氏。あと叶くん左手出して」



すっと差し出された左手を取って、手短な筆記用具で連絡先を書き残した。とりあえず、電話番号書いておけばどうにかなるだろう。



「ってお前!これ蛍光ペンじゃねえかよ?!登録する前に消えたらどーすんだッ!」

「まあその時はその時で。それくらいの縁だったってことにしよーぜ。んじゃなー!」

「あ、オイ!!」

「行ってもーたなあ」



俺は二人に大きく手を振って、その場から走って離れた。こんな気軽に別れられたのはきっとのっぽ氏のおかげじゃないかと思う。少しだけ、のっぽ氏には感謝したい。



「なんや叶、えらいご執心やなあ。投手でもあらへんのに。アイツ追っかけてわざわざ探しに行ったりして、ほんま会えてよかったなぁ」

「……消してたまるかよ」

「は?」

「あ?何もだ何も!!俺らも戻るぞ織田!」

「はいはい」



…それくらいの縁ってことにしてたまるかよ。



俺は手のひらに書かれた連絡先を見て、ギュッと握りしめた。







(北條おっせーよ!どこまで行ってたんだ!)

(ごめんごめん!ちょっとな!!トイレ詰まって流れなくってもう大変〜水とか)

(分かったからそれ以上言わなくていい)

(ちょ、聞いたのは花井じゃん最後まで説明させろよ)

(監督ー全員揃いましたー)

(ガン無視とか俺泣いた。全俺が泣いた)

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