小説おおぶり | ナノ


▽ 11:"当たり前"の喜びの味


三星との試合が始まった。

一番の栄口は上手くバントした筈だったのにピッチャーの子に上手く処理されて、沖、阿部と三者凡退。

三星の攻撃は、三橋がいいピッチングで三者凡退で結局どちらも無得点に終わった。



「田島ー!かましてこーい!」

「まっかせろー!」



田島は俺にに!と笑って、「しゃあす!」と一礼してからバッターボックスに入った。何だか田島らしい。



「田島の試合でのバッティング見んの楽しみ!」

「ってお前も次の次打順だろ。準備しろよ!」

「はーい。でも田島の見る!」



阿倍の制止を振り切って俺はベンチの壁にへばりついた。久しぶりの試合の雰囲気に胸がドキドキしてる。周りの雰囲気,仲間の応援、すべてが俺にとって懐かしくもあり、また新鮮でもあった。



「ありゃー、田島もしかしてフォーク狙ってる?」

「え、まじ!?」

「でもきっと田島なら打ってくれるさ!」



俺の予想通り、次の瞬間にはステップしてフォークを完璧に打ってレフトセンター前にきっちりと落とし、二塁打を打った田島が二塁上で俺にピースした。俺もぐーで返して(じゃんけん的には俺の勝ち!)からきっちり準備をすませ、打席を円の中で待った。



「(花井もフォーク待ちかぁ。確かに狙いは悪くないけど…)」



と思っている間に花井はフォークが打てず、三振してしまった。悔しそうにバッターボックスから帰ってくる花井の背中をばちこんと叩いて、俺もバッターボックス前で一礼して、バッターボックスに入った。



「(絶対何このちっこい奴とか思われてんだろうなぁ…)」



まぁ仕方ねぇけど、と気を取り直して、バットを握る。久々のこの感覚に、胸が震えた。



「(コイツやけに小さいな…。ストレートちゃんと飛ばせんのか?)とか思われてたりしてー」

「っ!?」

「あ、当たり?」



という間にストレートがミットに打ち込まれていて、俺はやっぱりなーとにやにやと笑った。芸が無いねぇなんて言うつもりは無いが、俺に心境バレバレのキャッチャーってどうなの、ねぇ畠くん。



「次は打つよ」

「っ!?」



宣言通り、俺は再び来たストレートをカットしてフェンスに飛ばした。結構重めかなー。なんて考えながら、次は何がくるだろうかとわくわくしながら待った。



「(やっぱり一球外してきたなー。こりゃ次はキメ球かね?ストレートでもいいけど)」

「(なんだこいつ…!)」



ピッチャーの彼と目が合うと、一瞬向こうがたじろいだ。俺そんな変な顔してるかなぁと再びバットを握り直す。――次はきっとフォークだな。

そう謎に確信して、俺はバットを振った。


キィンッ



「やった!当たった!!」



ナイバッチー!!と遠くで聞こえながら、俺は一塁に走る。もっと上手いとこに飛ばせば良かったかなぁなんて思いながらバッテを脱いで、二カッとベンチに向かって笑った。



「自分フォーク狙っとったん?」

「お?よおのっぽ氏。奇遇だな!」

「奇遇って俺ファーストなんやけど。進塁したら嫌でも会うやろ」



それもそうだな、と俺が笑うと、のっぽ氏は何やコイツ、とでも言うかのような顔をした。ちょっと心外なんだけど。



「まぁ、打てるの打とうと思って。別に何でも良かったというか、うん、そんなカンジ!」

「はぁ?意味分からんわ」

「そこ!私語は謹んで!」

「「あ、はいっ」」



注意されている間に泉が凡退したので、俺はのっぽ氏にまたなーと手を振った。案外ちゃんとのっぽ氏も返してくれて、いいやつじゃん!と思った俺は結構単純だと思う。



「ごめん!一塁しか進めなくて!」

「何言ってんだよ!お前は良くやったよ!」

「そーだよ!気にすんな!フォーク打てたんだからもっと堂々としろって!!」



周りの皆に励まされて、つい目頭が熱くなった。気付いた時にはぼろっと涙がこぼれてて、えええっ!?と周りの泉や水谷、栄口に驚かれた。

俺も突然の出来事に動揺して、急いでユニフォームの袖で涙を拭った。ごめんごめん、なんか、つい!と笑えば、なんだよーと少し安心した声が返ってきて、俺まで安心した。



「いきなり泣き出すからどーしたのかと思ったぜ。まさか俺が打てなかったからとか思っちまったよ」

「んなことで泣くか!…いや、みんなと野球やってんだなって、思って、嬉しくなっちまって!」



へへ、と笑えば、一瞬ぽかんとした皆がくしゃっと笑って、当たり前だろ!と言ってくれた。それが嬉しくて、また泣きそうになったけど、今度はどうにか堪えることが出来た。


皆にとっては当たり前かもしれない。

でも俺…私にとっては、本当に奇跡なんだよ


そう伝えることは出来ないけど、俺はこの奇跡を心から味わうことが出来たと思う。




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