▽ 10:試合前の決意
「三橋ー!大丈夫だったか!?阿部にいじめられてない!??」
「へっ?!」
「お前アレ見といてよくそんなこと言えるな…」
「だって阿部また三橋いじめてそーだし。でもまぁ、二人で帰ってきてよかった!」
えへへーと俺が笑うと、気色悪い笑い方すんなと阿部にどつかれた。阿部はそんな俺をスルーして三橋と三星陣の選手の確認をし始めた。
「って北條、アレって何?」
「いやーさ…。青春で良くあるアレだよアレ」
「いや全っ然わかんねーからな!?」
ここは察しろよーと花井に文句を言っていると、「三橋ーー!」という声がグラウンドから聞こえてきた。一斉に西浦メンバーもその声の方を向くと、マウンドには猫目をした子が立っていて、一目で投手だと分かった。…その手に握られているボールの握り方から。
「あれって…フォーク?何、見してくれんの?」
「みたいだな」
「わー、すっごい自信」
彼の投げた球はストンっと変化してキャッチャーミットに吸い込まれていった。周りでうわぁ、という声が聞こえる中、ちらっと田島を見れば、かなりガン見をしているようで、つい俺は笑ってしまった。
田島ほど球を捉えるのが上手い奴はきっとうちにはいないと思う。
「田島!お前なら今のフォーク、打てるだろ!?」
「俺はどんな球でも打つよ!」
一試合やって打てなかった球ないもんねーという田島は本当に自信に満ちあふれていた。にしても田島の野球センスはホントにいちいち驚かされる。こっちが羨ましいくらいだ。
「コラァ花井!やべー田島がかっこいいとか言ってる場合じゃねえだろ!そこは俺も打つ!だろ!ほれ言ってみ!!」
「ううううっせぇ北條!ってお前も打てんだろ北條!謙遜すんなっ!」
「ええー、謙遜してねぇよ別に。ただどうやったらホームラン打てるか考えてただけだし」
「お前ちょっと殴っていいか?」
「だが断る」
花井が俺に掴み掛かりそうになった所で栄口がまあまあ!と言って仲裁に入り、なんとか俺は一命を取り留めた。奇跡的に俺の脳細胞は守られたようだ。
「頼むわよ田島くん!今日は大事な試合なの!」
「大事って?」
「この試合に勝って初めて三橋くんがホントのうちの仲間になるのよ!」
話のマトになった三橋はぎょっとした顔をして俯いた。それも構わずモモカンは続けて言い放つ。
「みんなっ!三橋くんが欲しい!?」
「欲しい!」
「俺もっ!」
「エースが欲しい!!?」
「「「ほ、欲しいっ!」」」
「勝ってエースを手に入れるぞ!」
『おおっ!!』
円陣を終えた後、三橋に笑いかければ、少しキョドった後で再び俯いてしまった。いい加減信頼してくれてもいいのに、と思うけど俺は言わなかった。
俺は、三橋が幸せだなぁと思う。
誰かに自分の存在を認めてもらうこと以上に、嬉しいことなんてないだろう。
それを、皆に、公然と言ってもらえる三橋が、俺はちょっと羨ましかったんだ。
「…いいなぁ」
「?どうした?」
「ううん、何でも無い!」
そう言った俺の顔が上手く笑えてなかったことに気付いたのは、もう少し後の話。
*****
「にしてもさーホントに阿部って三橋大好きだよね」
「はぁ!?ふざけんなっ!!!」
「そう怒んなよ。言葉のあやだっつーの」
三橋が泉とキャッチボールをしに行った後、打順の為に帰ってきた阿部に俺は笑って言った。周りがぎょっとした雰囲気だったけどまぁ俺は空気読まないことで定番だから気にしていない。
「いいピッチャーを見つけたのにそう簡単に手放してたまるか!」
「はは、そーゆーこと…」
「そーゆーこと。この試合に勝てば、三橋の中学の呪縛を解いてやれそうだもんなぁ。頑張んないとな」
「…確かに、三橋って中学時代から脱出してないカンジだもんなぁ」
「ってかそのせいでこんなカンジなんだろ今」
「接し方が元チームメイトとは思えないもんなぁ…」
「まぁ、あいつのしたこと考えりゃ、当然かもね」
阿部が淡々と語るたびに、他のチームメイトも気付いて、全員が阿倍の話を聞いていた。
三橋は三星のみんなに3年間を台無しにした罪の意識をずっと背負ってるし、三星のみんなは三橋をずっと責めて恨み続けてる…そんな負の関係は、俺も早く断ち切ってやらなきゃ、と思う。じゃないと、三橋は前に進めない。
「あの腐った負け犬根性を叩き直してやる!」
「一番はそこですか」
「まぁ分からなくも無いけどな」
「つまり今日は…三橋が変われるチャンスってわけ」
「だから、どうしても勝って欲しいんだ。―――頼む」
真剣な顔でいう阿部に、ちょっと俺は感動した。ある意味自分の為とは言え、ここまで三橋の為に言ってくれてるんだと思うと、今回、俺は阿部を見直したように思う。
「今日の阿部かっこいいよ!ちょっと見直したよ俺!」
「ちょっとって何だちょっとって!最初から最後まで全部見直せよ!」
「さっきの監督のかけ言葉に勢いでエースほしいって言っちゃったけど、俺、気合いいれるよ!」
「うん、分かった!」
「俺も!」
「先制点入れようぜー!」
みんなが一人の為に頑張るっていいなぁ!と思ってによによしていると、水谷に「何にによによしてんの!?」って笑われたから思いっきり太ももの側面を膝で蹴った(ちなみにこれはめちゃめちゃ痛い)でも悪いのは水谷だと思う。だから俺は謝らない!
「北條って意外にジャイアニズム入ってるよなぁ」
「ただガキなだけだろ」
「巣山、阿部。喰らいたいの?」
ニッコリと俺が微笑むとさぁ準備準備と二人ともいそいそと行ってしまった。そんなに俺怖くないと思うんだけれども、まぁ俺でも脅せるということが分かったから良しとしよう。
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