小説おおぶり | ナノ


▽ 08:過去と仲間と今


「はい食休み終わりぃ!!」



合宿最終日の夜、モモカンが手を叩いて部員たちの視線を集めた。手には数字の書かれたボード。

頭?のトレーニングをやるらしい。



「今日は周辺視野をやってみましょ。ここに1から25までの数字があるから、それをなるべく速く順番に指すの」



これが速くできるとバント処理や返球の時に便利らしい。

やってみる人!と言われて真っ先に手を挙げたのは田島だった。流石、というかなんというか。



「よーい、始め!」



しゅばばばば!とでも聞こえそうな速さで番号を指していく田島。やりおる!と思った所でシガポが示したタイムは8、6秒。モモカンは声を出さずに喜んでいるらしく、小さくガッツポーズが見えた。



「はい、二人一組でみんなもやってみて!!三回やって自分の自己ベストタイムを覚えといてね。タイムの良い順に明日の打順選ばせてあげる!!」

「マジか!燃えるなそれは!」



俺も田島に負けねーよーにしねーと!と意気込んで、花井と水谷の組にいれてもらった。花井もかなりやる気みたいで、威勢は良かったんだけど思うようにタイムは伸びなかったようだ。



「じゃ、次俺ね」

「ズルすんなよ!」

「たりめーだばーかっ。ちゃんと測っといてくれよ」

「よーい始めっ」



25、と言った所でカチ、とストップウォッチを押す水谷。しばらく水谷が固まっているので「どうだったー?」と尋ねると、水谷は俺にストップウォッチを見せた。



「8.5秒!?まあまあ良いんじゃねこれ!」

「やるな北條!俺も負けてらんねーし!!」

「(北條くんもいい感じね!!)」



結局、自己ベストは田島に負けて2位。だったけどまあ、自分で言うのもなんだけど、いい線いってると思う。



「泉ー、どーだった?」

「アレむずい。北條はいい線いってるじゃねーか」

「おー、なんか偶々な。そーいや明日の打順どーしよ。俺ポジションも巣山に半分で替わってもらう感じだしさー何か申し訳ないっつーか」

「身体の調子でフルは出られねぇんだっけ。どしたの?」

「つか北條そんな心配いらねーって。北條のが打球処理うめぇしさ」

「あー、ないない(笑)とりあえず身体は大丈夫だよ」

「意外に謙虚なんだ?北條って」

「あーマジ水谷うぜぇ。消えてくんないかな」

「つか水谷と北條が半々で出んのより水谷がベンチのほーが良くね?」

「皆俺の扱い酷くね!?」

『半分ジョーダンだって』



肩を落とす水谷を慰める栄口。もう栄口が慰める係りなのは定着しつつあるよな、とか思いながら自己ベストを書き込んでいく。


しばらく談笑して、花井の「そろそろ寝よーぜ」という言葉に従って布団を皆で敷いて、寝る準備をした。

俺は前々から気になっていた――三橋に声をかけてみた。いつもフラフラしてるし、上の空だし、目の下の隈が酷い。もしかしたら寝れてないのではないか、と思った。



「三橋。お前ちゃんと寝れてる?」

「ひぇっ!?え、あ、えーと。う、ん」

「はい嘘だな。なぁ阿部、コイツ寝てねぇんだよな」

「―…多分な」

「マジ?三橋大丈夫?」

「あああ明日、の、試合、のこととか、かか考えてる、と、眠れなくて」

「そーかそーか。相手母校だし同級生だし、不安だもんな。でも睡眠は大事だ…ゾッ☆」

「へうっっ!?」



ズドーンと的確に手刀を喰らわせて三橋を落としてみた。頸動脈でも良かったけど…怖いし。

周りはその様子に唖然…とした顔をしてるけど、阿部だけは珍しくグッジョブと言ってくれた。田島も例外で、素直にスゲー!!と言って喜んでいた。



「たまには俺も良いことするだろ」

「ああ。たまには、な」

「つか北條アブネェよ…マジで。漫画かと思った」

「北條スゲーよあれ!!俺にも教えて!!」

「駄目、あれは俺のマル秘的技術なアレだから教えらんねーの」

「ますます意味わかんねー!」

「ままま、花井落ち着いて!」


「っっお前、一体ナニモノなんだよ!!」



ビシィッと花井が興奮がちに俺に向かって指を指した。人に指指しちゃだめなんだよー。

それはほぼ全員が疑問に思っていることでもあったようで、全員の視線が俺に向けられているということは嫌でも分かった。



「…ナニモノって、ナマモノとかそーゆー系?いや、確かにナマモノ(生物)だけどさ、人間という」

「そーゆーことじゃねぇよ!!お前の素性の話だ!!どこのシニアにいたとか、いつからやってたのか…とか」

「あれ、言ってなかったっけ?俺中学時代半ほとんど野球やってなかったって」

「っ!!」

「あ、俺それ聞いたかも」

「何人かには言ったかもしんねーけど。中学時代はやろうにも身体壊しちゃったからさ、思うように出来なくて」

「ちなみに、どこ?」



阿部がいつもより真剣な表情なのに少し瞠目して、俺は苦笑した。



「肩。投げれないことは無いんだけど、もう投手は出来ねぇと思う」

「つまりリトルで投手やってたわけ?」

「まあそーゆーこと。って言っても俺リトルは神奈川のだしさ、埼玉のは良く知らないんだよね」

「何引っ越し!?いーな!」

「田島ぁ!不謹慎だろ!」

「うん、そーなるな。てかもうリトルの名前すら忘れちまったしよー」



ショックだったんだろうな、あの時の俺。

そう笑うと、この雰囲気には場違いな気がしたけれど、俺はやっぱり笑うしかなかった。…笑ってないと崩れてしまいそうで。



「あー、でもな!西浦の硬式野球部を見に行ってみたら、皆個性的で良い奴等ばっかだったし、俺も久々に本気でやりたいことが見つかったからやろうって決めたんだ。確かに本格的に始めたのは厳しいことも多いけど、野球好きだし」

「で、守備が上手いのは中学時代にちょっとでもやったからだろ?」

「んーまあね。外野手無理だから内野手ばっかやってた。でも守備超楽しいし、新たな楽しさ発掘!みたいな。まあ何とか身体どーにかして、高校どーしよーかなーで見に行って決意して入って、ちゃんとやってみたらやっぱり楽しくて。始めて良かったと思ってるよ。てか阿部がエスパー過ぎて怖いんだけど」

「それぐらい見れば誰でも判るっつーの」



ふん、と鼻をならす阿部を見て苦笑した。そうなんだ…と呟く面々を見て、話して後悔したとは思わなかった。

……もしかしてコイツらなら受け入れてくれるかもしれない。


まだ、時間は掛かるかもしれないけど。自分を



「まあそんなわーけで、俺は後悔して―…」

「おい、北條?大丈夫か?」

「座ったまま寝てるみたい」



俺は気付かない間にすごく安心してしまったようで、夢の世界へゴーイングしていた。



「ホンット気持ち良さそうに寝てんなぁコイツ」

「疲れたんじゃない?」

「明日は試合だし、寝かせてやれよ水谷」

「介抱すんの俺かよー」



どうせやるなら女の子の方がいー、とぶつくさ言う水谷は、まだ真実を知らない。

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