zzz | ナノ






「ねえ、N」
「ん? なんだい?」
「なんでもない」

わたしは今、確かにこの緑色の髪をした人間の男の子としゃべっている。
それでもわたしはニンゲンじゃない、ゾロアだ。しっぽが生えてて、四つ足で歩くポケモン。ニンゲンじゃない。

「あーあ、ニンゲンになりたいなぁ…」
「どうして? 人間はキミたちを傷付けるだけの存在じゃないか」
「だからそんな人ばっかりじゃないってば! あの子はわたしを助けてくれたの!」

そう、崖から落ちてケガをしていたわたしを助けてくれたあの子のようにわたしはなりたい。
ニンゲンに化けることはできるけど、ヒトの言葉はしゃべれない。化けれたってポケモンなのだ。

「でも、その子だって君を捨てたんだろう?」
「捨ててない! ケガだって治してくれたし、名前もくれた!」
「それならどうして君を逃がしたの?」
「それは…わたしが野生のポケモンだから……」
「人間は野生のポケモンを捕まえて側においておく。それなのに君を逃がしたってことは捨てたってことにはならないの?」
「な、ならない! それは、あれだよ…か、解放?」
「解放、ね…それならやっぱりキミたちは人間と一緒にいるべきじゃない。そうだろう?」

Nは満足そうに笑った。なんか話を逸らされているような気もするけど、Nは頭が良いからわたしじゃ勝てない。

「ねぇNはどうしてわたしたちの言葉がわかるの?」
「さあ、どうしてだろうね」
「わたしはどうしてニンゲンの言葉がしゃべれないの?」
「……じゃあキミたちはどうして人間の言葉がわかるのに彼らはキミたちの言葉を理解できないんだい?」
「……わかんない」

Nは黙って頭を撫でてくれた。Nでも分からないことをわたしが分かる訳はない。
でももしわたしがニンゲンの言葉をしゃべれるようになれば、わたしはきっとニンゲンになれる。だって姿も言葉も手に入れたらそれはニンゲンでしょう?
もし、それとは逆に、すべてのニンゲンがNのようにわたしたちの言葉を理解できるようになったら? それでもわたしはニンゲンになれるの?

「N、わたしニンゲンになりたいよ」
「ななし、君は話し相手が僕だけじゃ不満?」
「そういうわけじゃないけど、でも、わたしあの子に」
「お礼が言いたい、そうだろう? でもあの子は君を捨てたんだ。ねぇ、ななし、僕に新しく名前をつけさせてよ」
「だめ! それだけは絶対ダメ! わたしはななしなの!」

Nは冷たい目をしてそう言ったけど、それだけは絶対にダメだった。いくらNだって、あの子がわたしにくれた「ななし」って名前を変えることは許せない。
わたしがにらんでるとNは悲しそうな顔になってわたしを抱き上げた。

「あぁ、ごめん。でもこれだけはわかって。僕は君が好きなんだ」
「……うん」

Nは不思議な人だ。ニンゲンなのにわたしたちの言葉がわかって、ニンゲンよりもわたしたちのことを好きだという。
わたしはポケモンなのにニンゲンに化けることができて、ニンゲンになりたいと願っている。
もしかしたら似ているのかもしれない。どこが似ているのかわたしにはわからないけど、なんとなくそう思った。

Nはわたしの毛並みに顔を埋めながら「君が好きなんだ」ともう一度ささやいた。