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「にゃっ!」

 キャットちゃんの驚いた声。理由はわたし。キャットちゃんの眼鏡を取ったから。さぁ、がんばれななし! キャットちゃんに文句を言われる前に、やってみせろ! ばくばくする心臓を押さえつけるように決意をして、桃色のくちびるに狙いを定めた。

 くちびるが触れ合ったのはほんの一瞬。眼鏡を奪ってから唇が離れるまでは僅か三秒ほど! あれ? これってちゅーしてた時間が短いってことじゃ……。その事実に気付いたわたしはほんの少しだけ悲しくなったけど、わたしが強調したかったのはわたしが意を決するまでの早さだ。いやでも人間、やってみればどうにかなるもんだ。それに、キスで口封じだなんて、わたしは思った以上にかっこいいことをしてしまったんじゃないだろうか……! 意識をそらそうといろんなことを考えてみるけど、どうにもならず、ふたたび過剰に頑張りはじめた心臓がうるさい。

「……にゃんで私の眼鏡とったりしたのよ」

 驚いた猫のようにぴたりと動きを止めていたキャットちゃんはすぐにぱっと我に返って表情をつくり変えると、拗ねたような口調でわたしを責めた。きゅっと細められた目は、眼鏡がないせいで見え辛いってのもあるのかもしれない。わたしがわざわざ眼鏡を取り上げた理由は正にそれだけど、それを告げるのはどうにも恥ずかしい。それでもキャットちゃんに聞かれた以上、わたしは正直に答えてしまうんだ。きっと惚れた弱みってやつに違いない。

「だって、顔見られたくなかったんだもん……」
「馬鹿ね。キスするときなんて目は瞑っちゃうんだからどっちみち見えないじゃない」
「そっか……」

 確かにキャットちゃんの言うとおりだ。バカを露呈してしまったようで、余計に恥ずかしくなった。今回はいい感じにかっこよかったんじゃないかと思ったけど、そうでもないみたいだ……。それに、という言葉と共にキャットちゃんがやさしい両手でわたしの肩を掴む。

「眼鏡なんてしてなくったって、こうすればちゃーんとはっきり、ななしの顔、見えるんだから」

 ずいっと近付くきれいなお顔。ついさっきまでの勇気はどこへ消えてしまったのか、今はただひたすらに恥ずかしい。悲しいけれどこれがわたしの平常運転。
 あ、でも、そうだ。わたしは赤くなった顔を見られたくなかったわけで、もし、キスした時にキャットちゃんが目を開けたままだったら一瞬であってもやっぱり見られたかもしれないんだから、眼鏡を取ったことは正解で。あぁでも、近くは見えるんだから意味はないのかな。ちがう、遠くだったら見えないもの。やっぱり意味はあったんだ。でも、でも、結局今は見られてるんだから、うぅ、やっぱり関係なかったのかも。
 沸騰する頭の隅っこ、小さな隙間を一瞬でぐるぐると駆けめぐったそんな考えたち。たどり着いた結論に、そのちいさな隙間さえ水蒸気で埋まってしまった。行き場を失った蒸気は涙となってじわじわと滲んでくる。
 そんなわたしを見たキャットちゃんは、仕方ないなぁって風に笑って、すっと自然な動作で更に顔を近付ける。キスされるのかなって思ったから目を閉じたけど、最初にくちびるが触れたのはわたしの目元。次に反対側にも同じように触れて、最後にわたしのくちびるへ。ちゅ、ちゅ、ちゅ、と三回わたしにキスを落としたキャットちゃん。目に浮かんだ小さな涙までちゃんと見えてたんだ。
 目と鼻の先でいたずらっぽく笑うキャットちゃんはかわいいけれど、なみだをキスで拭うだなんてかっこいいな。可愛いのにカッコイイだなんて、やっぱり魅惑の灰猫さんには敵わない。
 眼鏡返さなかったらまたキスしてくれるかな。