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 手袋をしてくればよかった。失敗したなぁ。
 学校の帰り道、寄り道をした公園のベンチに腰かけて、そんなことを思いながら手を擦り合わせたり、息を吐きかけたりしていると、突然、左隣に座っていた雀ヶ森くんに両手を握られました。

「え?あの…」
「ふふっ、こうすれば暖かいでしょう?」

 雀ヶ森くんは、私の手を握る力を少し強めて、これで万事解決だと言わんばかりのにっこりとした笑顔でそう言いました。確かに雀ヶ森くんの手は私の手よりもぽかぽかとして暖かいのですが、なんというか、問題はそこではありません。なんたって、とても恥ずかしいのです。

「えっと、その…」

 なんと答えたらいいのか分からなくて、言葉に詰まった私を雀ヶ森くんは不思議そうな顔をしてじっと見つめます。それがまた恥ずかしくって、頬に熱が集まるのがわかりました。私たちは、その、恋人なのですが、私はまだ、手をつないで歩くのだって恥ずかしいなと思っているのです。雀ヶ森くんが恋人であるということを恥じているだなんて、そんなことではなくて、照れくさいといいますか、とにかく顔に血が集まって、鼓動がはやくなって、どうしようもない気持ちになってしまうのです。そんなふうに、手をつなぐのだっていっぱいいっぱいですので、こうして両手を握られるだなんて、もう、ほんとうに、心臓がもちません。赤くなった顔を見られたくなくて、顔を俯かせると、雀ヶ森くんに握られたままの両手を軽く引かれ、名前を呼ばれました。

「ななし?」

 顔をあげると、相変わらず不思議そうな表情の雀ヶ森くんと目が合って、それがまた恥ずかしくてどうしたらいいかわからないでいると、雀ヶ森くんは愉快そうにふふふと笑いました。わたし、ヘンな顔でもしてしまったのかしら? うぅ、もういやだ…一体どうしたらいいのでしょう。顔を隠そうにも私の両手は雀ヶ森くんの両手に収められていて、それは叶いません。
 ふと、雀ヶ森くんの右手が私の手から離れました。少しばかりほっとしたような、さみしいような、そんな気持ちになります。けれどもそれも束の間のことで、雀ヶ森くんの右腕が、私の肩にまわされて、体がくっついて、あぁ、私の心臓はどきんと大きく跳ねました。心臓から送り出された血液すべてが両頬に集まったのではないかと思うほどに顔が熱いです。でも、私の背中の左側と、雀ヶ森くんの右胸がくっつく体勢になったので、雀ヶ森くんからは私の顔は見えないはず。けれども、もしかしたら赤い頬くらいは見えてしまっているかもしれません。緊張して、意味もなく体に力が入っているのが自分でわかりましたが、これまた私にはどうしようもなくて、ぎゅうっと目を閉じました。

「ななし」

 いつもより、ずっと近い距離で名前を呼ばれました。どくんと大きく鼓動を打って、また顔が熱くなった気がして、もう、ほんとうに、これ以上は限界だと思いました。雀ヶ森くんに抗議をしようと衝動的に後ろを振り返って、すぐに慌てて前を向きました。だって、その、思ったよりもずうっと近くに顔があったのです。どうにか心臓を落ち着かせようと、目をつむって深呼吸をします。大きく息を吐き終わり、雀ヶ森くんの動く気配がしたかと思うと、頬に何か柔らかいものが触れました。なんというか、気配から察するに、雀ヶ森くんのくちびる、だと思うのです。どうしよう、どうしよう、どうしよう! 目を開けるか、閉じたままでいるか迷っている間に、耳元でくすくすと笑う声が聞こえてきました。雀ヶ森くんの右手が私の左肩へと移動して、それからまた少し、体勢を変えたような気配がしました。
 恐る恐る目を開くと、雀ヶ森くんはベンチから身を乗り出すようにして私の顔を覗きこんでいました。その顔には笑みを浮かべていますが、どうしてだかいつもと少し違って、なんというか、大人っぽくてミステリアスな感じのするような、そんな笑顔で、いつも以上にドキドキしました。もうだめ、わたし、死んじゃうかも…。

「えっ、具合が悪いんですか? 大丈夫ですか? ななし、ななし、死なないでください…!」

 急に雀ヶ森くんがわたわたと慌てはじめました。もしかして私、死んじゃうかも、だなんて口走ったりしたのでしょうか。全くもって無意識でした。それにしても雀ヶ森くんは、先程の大人びた雰囲気とはうってかわって、あわあわしています。それがなんだか可笑しくって、思わず笑いをこぼしてしまいました。すると雀ヶ森くんは、どうして笑うんですか!命に関わる一大事なんですよ!と、ぷりぷり怒りはじめてしまって、それがまた可笑しくて、熱を帯びて赤いままの頬にきゅっと口角を引き寄せるようにして、私は笑いました。