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 二人の弟は、私と兄さんがこのような関係にあることを知るよしもないのだろうなと、首筋に押し当てられる唇を感じながら、ぼんやり思いました。父は…あの人はもしかしたら知っているのかもしれません。トロンはいつだって、私たち兄弟の心の内などお見通しなのでしょうから。それでも特別何かを言われはしないということは、黙認されているということなのでしょうね。
 考えごとをしているのを咎めるかのように、後ろから回された兄さんの手は、いつの間にか私の襟元をくつろげて、やんわりと胸を触っていました。なんだかそれが少しばかり面白くなかったものですから、両手で兄さんの手を掴むと、案外すんなり私の胸元から離れました。離れはしたものの、するりと私の手を逃れたしなやかな手に頬を捉えられ、顔を後ろへと向けさせます。色は確かに涼しげなのに、じわじわと熱の溢れる瞳が私を見ていました。兄さんが私のことをそんな目で見るのは、今のように二人きりの時だけ。親兄弟の前では間違ってもそんな素振りを見せやしません。母様の胎内に二人で居た時にも、そんな目をしていたのかしら、とくだらないことを考えたところで、私の下唇は彼の唇に挟まれました。端に軽く押し付け、擦るようにしてくちびるを辿ったあと、兄さんはすぐに離れていきました。肩越しのキスは少し体勢が辛いものですから、絡んだ視線を断ち切って、代わりに胸に背中を預けます。私の左手に兄さんの左手が重なりました。
 それからしばらく、兄さんは私の左手を握ったまま、裾から侵入させた右手で太ももをなぞっていました。特に行為を進めるわけでもない、その様子。彼もまた考えごとに耽っているのでしょうか。

「X?」

 軽く体を捻って、顔を見上げるようにしながら名前を呼ぶと、兄さんは黙って私を見つめ返しました。何を考えているのでしょう。先程と違って熱はいくぶん影を潜め、代わりに、穏やかで愉快げで、それなのにどことなく憂いを帯びたような、そんな目をしていました。それを見て脳裏に思い浮かんだのは、並んでソファに座り本に齧りついている私たちを見て、半ば呆れながらも「ほどほどにしてくださいね」と心配をしてくれる心優しい弟と、「あんたらほんとに似たもの同士だな」と顔をしかめて苦言を呈しはしますが本当は家族思いの弟のことでした。けれど、そんな目をしていたのも一瞬で、すぐにまた、瞳の奥底から熱が這い出してくるのが見て取れました。

「ななし、」

 右手を顔の輪郭へ添えられ、名前を呼ばれ、見慣れた整った顔が近づきます。兄さんの銀色の髪が私の方へさらりと垂れるのを視界の端に捉え、そっと目を閉じました。やんわりと唇を食まれたあとで、ぬるりと舌で舐められます。一度、間を置くように唇は離れ、次にまた触れ合うときには、舌と舌を絡めあう、深い口づけになっていました。顔へ添えられていた手はいつの間にか後頭部へ廻されていて、私の手もまた知らぬ間に兄さんの首の後ろへ廻されて、長い銀糸を指に絡めていました。じわじわと心も体も熱を孕んでゆきますが、きっとそれは私だけではありません。

「っふ、ん…ぅ…」

 私の舌や口内の壁を弄んでいた熱い舌が戻っていき、唇が離れたかと思うと、一呼吸おいてすぐに、濡れた唇が重なり、開っぱなしの私の口内へ舌が舞い戻ってきました。そしてまた、舌を舐められ、口内を這われ、それらの刺激に反応して分泌された唾液はどろどろと混ざりあいました。
 兄さんと、Xと、…クリスと、こうして恋人のように戯れているときは、この上ない幸福感とともに、どうしようもない切なさがこみ上げてきます。愛し合うことのできる幸せと、家族・兄妹という枠を超えて愛してしまっていることへの罪悪感。少なからず罪の意識はあるからこそ、家族の前では、私たちのこの関係を隠すのです。
 飽きることなく口内を蹂躙されたのち、ようやく唇は解放されました。口の中に溜まった二人の唾液の混合物をごくんと嚥下して瞼を押し上げると、欲の篭った、それでいて優しい温度も携えた青と目が合います。復讐を決めたあの日から凍てついてしまった綺麗な瞳が、こうして溶け出し、優しい色を取り戻すことを知っているのは私だけです。それから、青の持つ印象からは離れ、色欲に燃え上がる様を知るのもまた私だけなのです。
 私が小さく微笑むと、兄さんもまた同じように微笑み返しました。そして私の後髪をよけたかと思うと、うなじを舐めあげ、両手で体をなぞるようにまさぐり始めました。このまま全てを委ねてしまおうと思ったところで、ふと思い出したのは青い炎の方が赤い炎よりも温度が高いということ。青い瞳の持つイメージとは違い、彼の内に隠された熱もまた、私の思っている以上に熱いのかもしれません。