zzz | ナノ






 今までだって、ななしさんと二人で出かけることはあった。それなのに、今回はとても緊張して、初めて一緒に出かけた時のようにドキドキしている。だって今日は特別な日。ななしさんの誕生日だから。いつも以上に可愛い私でお祝いしたくて、少しでもななしさんに近付きたくて、化粧もいつもよりキレイに見えるよう頑張った。洋服だって昨日の夜、うんと悩んで決めた。決めたけど、家を出る前、鏡の前でまた悩んで、着替えて……結局昨晩決めたコーディネートに戻して家を出た。素敵な誕生日を過ごさせてあげること、私にできる? そんな不安も少しはあるけれど、そんなことは言っていられない。何がなんでも絶対成功させるんだから! カバンに入れたプレゼント。鼓動に合わせて、心は踊る。

 今日は私がリードするの! そう思っていたのに、いざ会ってみると、いつものようにななしさんのペースに飲まれてしまう。だってななしさんってば出会い頭に「今日のアサカちゃん、いつにも増して可愛いね!」だなんて言うんだもの。まっすぐキラキラした笑顔でそう言われて、思わず恥ずかしくなってしまった。かわいいって、私が先に言おうと思ってたのに…。お世辞なんかじゃ絶対に言ったりしないけど、本当にそう思ったの。だから、私もそう言うと、ななしさんは照れたように笑って、慌てて話題を変えていた。私よりも年上なのに、そんな風に可愛らしいところも、すき。思い切って手をつなぐと、ななしさんはぎゅっと握り返してくれた。それからピンクに彩られた唇を歪めて悪戯っぽく笑って、そんなところも、すき。

 ショッピングをして、途中で少しお茶をして、おしゃべりをして、映画を見て。今は少し早いけれど夕飯を食べに、暗めの照明がお洒落なレストランに来ていた。今日一日、ななしさんは楽しそうだったし、私も楽しかった。でも、やっぱりどこか、いつもと同じ。本当は特別にする予定だったのに…。カフェも映画もお店も、普段とは違って、私が調べてきたところへ行った。ななしさんは喜んでくれた。でも、今更だけどもっと特別を感じさせてくれるところへ行った方が良かったのかもしれない。たとえば、遊園地、とか…。

「アサカちゃん?」

 はっと我に帰るとななしさんはニョッキをつつく手を休めて私のことを不思議そうに見ていた。いけない! ななしさんの前で考え事なんて…! でも、本当にこんなプランで良かったの…? ほんの少しだけ、不安になる。手元に目を落とすと、ジェノベーゼの絡んだスパゲッティが中途半端にフォークに巻ついたままだった。なんてみっともない! 慌てて巻き直して口へ運ぶと、口いっぱいにバジルの香りが広がった。

「あーん」

 ごくん、と口の中のものを飲み込んだところで、ななしさんはニョッキをひとつフォークに刺して、うきうきしながら私の口元へ差し出した。少し気恥ずかしかったけれど、言われるがままに口を開いて、ぱくりと一口。こちらはチーズ風味のホワイトソース。しつこくなくて、美味しい。もぐもぐと咀嚼する私のことを、ななしさんはにこにこしながらじーっと見ているものだから、なんだかちょっと食べづらい。少し視線を逸らして、噛んで、飲み込む。ななしさんの方へ視線を戻すと、彼女は満足そうに笑って、それから自分の口にもニョッキを放り込んでいた。
 仕返し、というわけではないけれど、私も美味しそうにパスタを食べるななしさんのことを観察してみる。けれど、ななしさんは数回咀嚼したところで私の視線に気付いたようで、一度、口を動かすのをやめてしまった。それから私を咎めるように、どこか拗ねた視線を送ってくる。ふふっそんなところも可愛い。ぷいっと私から目をそらして再びもぐもぐと口を動かしたななしさんは、歯で噛み砕かれて形を留めなくなったであろうパスタを、ごくんと飲み込んだ。赤い舌でぺろりと舐めた唇を少し尖らせて、ななしさんは言葉を紡ぐ。

「もう、恥ずかしいからそんなに見ないで…」
「ななしさんだって私のこと見てたじゃないですか」
「それは、そうだけど……ぷふっ」

 少しだけむすっとしたあとで、何がおかしいのか、ななしさんは堪えきれないように笑いを漏らした。よくわからないけれど、つられて私も笑いをこぼす。ななしさんは何にというわけでもなく一度頷いて、私の頬をちょんとつついた。からかわれてるみたいでほんの少し嫌だったけど、さっきまで悩んでいたことが、なんだか急に馬鹿らしくなってしまった。「特別」はできなかったかもしれないけど、ななしさんが楽しいならそれでいい。

「あの、ななしさん…!」
「なぁに?」

 未だカバンに仕舞ったままで、渡せていないプレゼントを渡そう、そう思って声をかけたけど、今はまだ食事中。あぁもう、私のバカ! なんでもないです、と言おうと思ったのに、嬉しそうな顔をしたななしさんを見るとそうは言えなくて、やっぱり今渡してしまおうという気になる。カバンの中からプレゼントを取り出すけれど、あぁどうしよう。紙袋がぐしゃぐしゃになってしまっている。会ってすぐ渡しておけばよかったと後悔するけれど、時間を巻き戻すことはできない。意を決してプレゼントを差し出す。顔が熱くなるのが自分でわかった。

「お誕生日、おめでとうございます」

 ななしさんは大きく目を見開いて、それから嬉しそうに、にっこりと華やかに笑った。フォークを置いて、両手で袋を受け取るななしさん。

「ありがとう」

 ただ笑っただけなのに、すごくキレイで、でも可愛くて。見慣れたはずの笑顔に胸が高鳴り、既に赤いであろう頬に更に熱が集まった。どうしてこの人はこんなに素敵なんだろう。何度思ったか分からないことを今、また思う。

「プレゼントまで貰えるだなんて…! ほんとに嬉しい! ねぇ、今開けてもいい?」

 食べかけのパスタなんてそっちのけで、まるで子供のように目をキラキラと輝かせて尋ねるななしさんに、私は頷くことしかできなかった。それに、ななしさんが喜んでいるところをこの目でちゃんと見たい。もしかしたら喜んでくれないかもしれないけど、でも、きっと大丈夫。だって私が選んだのだから! ななしさんはお皿を脇へ寄せて、いくつも折り目のついた紙袋にそっと手をかけた。やっぱり少しだけ不安だけど、それ以上にななしさんの輝くような笑顔が見れることを期待している。緊張と、早鐘を打つ鼓動が舞い戻ってきた。私の望んだ結果が見えるまで、きっと、あと少し。