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 とても穏やかな時間が流れていました。今日は久しぶりにアサカちゃんがうちへ遊びに来てくれているのです。私の部屋で、一緒に何かをするわけでもなく、アサカちゃんはローテーブルに向かって広げたカードを眺めていて、私はアサカちゃんと背中合わせになり、床に広げた雑誌を眺めていました。私たちは場所と時間だけを共有して、ゆったりと、のんびりとしていました。別にそれだけだって文句なんてあるはずがありません。何もしないでいたり、お互いが好きなことをしながら一緒に居ることのできる関係の方が、二人の距離は近いのではないかと私は思っています。だから、これはこれでいいのです。それだけでも十分なのです。
 だけどやっぱり、普段アサカちゃんと時間、場所を共有して、なおかつ一緒にヴァンガードファイトをしているフーファイターの人たちが羨ましいなと思ったりもします。今こうして過ごしている時間はこのままでいいけれど、もう少しだけアサカちゃんに構ってほしいなと思わないわけでもありません。ほんの些細な経験を通して、アサカちゃんとの関係が密になればいいなとも思うのです。手元の広告ページに写る女の子がにっこり笑って私を見返してきます。私が今見たいのはあなたじゃなくてアサカちゃんなのになぁ、なんて思ってみたり。
 ファッション雑誌をぱたんと閉じて、アサカちゃんの背中にもたれるように後ろに倒れました。何か文句の一つでも言ってくれるかなぁと期待をしたのに、アサカちゃんはぴくりとも動いてはくれません。てっきり、やめてよだとか、どうしたのという言葉を返してくれるとばかり思っていたので、落胆してしまうのは仕方のないことです。アサカちゃんのばか。言葉には出さず、心の中で小さくちいさく呟きました。
 思い切ってくるりと体の向きを変え、アサカちゃんの背中にぎゅっと抱きつきます。いい匂いのする長い髪の毛に顔を埋めて、細いお腹に手を回しました。背中に顔をくっつけているせいで、ぽつぽつとこぼす声はもそもそ篭ったものになっているに違いありませんが、そんなことは知りません。言ってる内容が判ればそれでいいのですから。

「ねぇアサカちゃん」
「なに?」

 やっとアサカちゃんが返事をしてくれました。だけどもアサカちゃんは私の方を見てはくれません。

「ひざまくらしてほしいな」
「どうして?」

 そんなの構ってほしいからに決まってますが、そこには触れず、期待を込めて理由を述べます。でも、嘘はついてません。

「だって、なんか、眠くなってきちゃったから……」
「ふーん……脚しびれちゃうからやらないわよ」
「っ!」

 そんな! あんまりです! だって、だって、どうしてって聞くからにはしてくれるのではないのですか? 僅かばかりの確信を得たあとでの言葉でしたので、いくらアサカちゃんのつんとしたものの言い方に慣れているとは言えど、今回ばかりは傷つきました……! しかし、そんな風に打ちひしがれている私をよそに、アサカちゃんは手際よくカードをまとめて、そして、しがみついた私を退けるように、ぐっと大きく伸びをして深く息をつきました。呆れられてしまったのでしょうか……? アサカちゃんが優しいのをいいことに、ついつい我儘が過ぎてしまうのが私の悪い癖です。これ以上、迷惑を掛けたくなくて、嫌われたくなくて、大人しく、そっと、アサカちゃんから離れました。アサカちゃんの香りが遠のきます。少しだけ、さみしくなりました。

「でも、」

 一人落ち込んでいる私のもとに、どこか柔らかさを感じるアサカちゃんの声が降ってきました。なんとなく見つめていた自分の膝からアサカちゃんへと視線を上げます。

「私も少し眠くなってきちゃったわ」

 すっと立ち上がり、ちらりと悪戯っぽくこちらを見たアサカちゃんは、ぽかんとしている私を見て少し笑って、軽やかな足取りでベッドへぽすんと腰掛けました。そして、ぱちぱちと瞬きをしながら間抜けな顔をして座り込んだままの私を、誘惑するような、魅惑の瞳でじっと見つめるのです。私が勝手に誘惑されていると感じるだけで、アサカちゃんにそんなつもりは毛の先ほども無いのでしょう。それでも私にはそんな風に見えました。

「なにぼーっとしてるの。ななしが眠いって言ったんじゃない。寝ないの?」
「っ! ねる!!」

 慌てて立ち上がり、アサカちゃんめがけて駆け寄って、思いきりぎゅうっと抱きついて、そのままの勢いでベッドへばたんと倒れ込みます。少し驚いた顔のアサカちゃんを間近で見下ろしながら、嬉しい気持ちで心が満たされました。すぐに、あぁいけない、また調子に乗ってしまった、と少しばかり反省をしましたが、ピンクに彩られたくちびるを尖らせて少し拗ねたような顔をしたアサカちゃんにでこぴんをされてしまいました。でこぴんは上手に決まるとなかなか痛いものです。ばちんとしっかり決められて、思わず怯んだその隙に、アサカちゃんはもぞもぞと動いて、眠りやすいよう体勢を変えていました。私も負けじとアサカちゃんにくっつくようにして横になりました。
 背中合わせだったさっきまでとは違い、今は向かい合って一緒にベッドに寝転んでいます。同じ時に同じ空間に居られるならそれで満足だという気持ちに嘘はないけれど、やっぱりこうしてアサカちゃんの意識が私に向いていることを感じられるのは嬉しいことです。たとえお昼寝だって、同じことを一緒にできるのは嬉しいことに違いないのです。
 青い瞳が間近で私を見つめています。香りだって間近に感じられます。そんな些細なことが嬉しくて、思わず笑い声がこぼれました。するとアサカちゃんもきれいに笑って、それから私の髪をひと撫でしました。ほんとは優しいアサカちゃん。大好きだよ、と心の中でおまじないのように唱えました。