zzz | ナノ






「今度、浴衣を着て遊園地へ行きませんか?」
「浴衣?」
「そう、浴衣を着ていくととってもいいことがあるらしいです。 夜には花火もやるみたいだし……ね、ダメですか?」
「ダメじゃないけど……」

 二人っきりで部屋には居たけれど、特別何をするわけでもない。レンはカードを、私は雑誌を眺めていたら、突然そんなことを言われた。デートのお誘い。本当はすごく嬉しい。夏らしく浴衣だって着たいし、花火だってロマンチックで憧れる。それでも素直に頷けないのは、恥ずかしいからっていうのもあるけれど、普段は乙女心のおの字も知らないようなレンが、こんな風にお洒落なことを言うときには、大抵誰かの入れ知恵だから。しかも、その誰かはいつも同じ人。レンはにこにこ笑って何かを期待したようにこちらを見ているけれど、どうせ自分で考えたことじゃないんでしょう、だなんて可愛くないことを思ってしまう。でも、私だけが悪い訳じゃないもん。

「それ、アサカさんに教えてもらったんでしょ」
「すごい、よくわかりましたね!」

 ほら、これ! 馬鹿バカばか! うふふ、だなんて嬉しそうに笑ってるけど、そこ笑うとこじゃないから。別に、人から情報を仕入れること自体は何も悪くはない。でも、言わなくたっていいじゃない。ましてや毎回同じ女の子からアドバイスもらってるだなんてこと。私の心が狭いだけなのかもしれないけど、レンの口から彼女の話が出ると、色んな感情がぐるぐるして、得体の知れないもやもやが心を覆って、ぎゅうっと胸が苦しくなる。

「今度のデートはどこに行ったらいいと思うか聞いたら教えてくれたんです。アサカは物知りですよね」

 私の気持ちなんて知らないで、レンは相変わらずにこにこしていた。最初の頃は私だって素直に喜んでた。でもその度に「アサカの言った通りですね」って言われて、なんだか喜んでるのが馬鹿みたいに思えてきて。毎回毎回別の女の子に教えてもらった通りに私を誘って、レンはそれで満足なのかな。私は嫌だな。教えてもらったのだとしても、それを私に言わないで。そんなこと知りたくないのに…。そう思ってるって言えばいいのに言えなくて、どんどん泥沼に嵌まっていく。
 黙ったままでいると、私の顔を覗き込んで不安そうに眉尻を下げたレンに、眉間をちょんとつつかれた。私の機嫌が悪いときにこうするのはレンのクセ。機嫌が悪いと眉を寄せてしまうのが私のクセ。

「ななし、怒りましたか?」
「……うん」
「すみません、でも」
「どうして私に聞かないの?」

 どうしよう、私すごく嫌な子だ。私のためにレンが相談してるのも分かってるのに、こんな意地悪なこと聞くんだもの。他にもっと言い方だってあるのに、つっけんどんな言い方しかできない、私のばか。でも、デートの相談くらいしてくれたっていいのに。二人で話し合って決めたっていいのに。馬鹿、ばか。ここまできても意地を張ってまっすぐに伝えられない私のばか。
 レンに対する感情だけでなく、自分にも幻滅して、情けなくて、涙が出そうだった。でも、ここで泣いたら嫌な上に面倒くさい女になってしまうから、どうにか堪える。それでもやっぱり顔を見られたくはなかったから、雑誌に目を落とすフリをして俯いて、絡んだ視線を途切れさせた。

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「……だって、直接聞くなんて格好悪いじゃないですか」
「直接聞いてくれたっていいのに…」

 ななしは、しょんぼりと悲しそうな声色でそう呟いた。あぁどうしよう。僕はただ、喜んでほしいだけなのに。俯いて、表情を隠されているから、ことさら不安を煽られる。どうしよう、悲しませたい訳じゃないんだ。

「格好悪くはない?」
「かっこわるいけど、格好悪くない…」
「格好悪いならやっぱりだめです。君の前では格好よくいたいんだ」

 ななしがはっと息を飲む音が聞こえた。何か変なことを言ってしまったのだろうか。僕にはわからないことばっかりで、どんどん不安は募っていく。どうしよう。こういうのって、きっと格好悪い。もし、嫌われちゃったら? 恋愛だとか女の子のことはあまりよく分からない。でも、僕はななしのことが好きだから、嫌われたくないと思う。だからななしの前では格好よくありたいのに、上手くいかない。

「テツさんに聞けばいいのに…」
「でも、テツよりアサカに聞いた方が…」
「っ! レンのばか!もう知らない!」

 テツに聞けばいいと言ったななしの声は涙声で、震えていて、僕の頭の中はとうとう真っ白な中にどうしようという言葉がぽんと浮かんでいるだけになってしまった。だから、自分の言ったことを自分でもよく分かっていなかった。でも、僕の言葉を聞いたななしは、ばっと顔をあげて、泣きながら、僕を睨んだ。それを見た瞬間に、どうしようという言葉すら頭の中から消え去って、本当にただの真っ白になってしまう。

「あっ…待って、泣かないでください」

 立ち上がったななしの腕を反射的に掴む。ななしは僕から顔を背けたままで、こっちを向こうともしてくれない。どうすれば泣き止んでくれるんだろう。アサカに聞いたらなんて答えてくれるんだろう。でも今は僕とななしの二人きり。アサカはいない。ななしと同じ女の子だから、きっと僕よりもななしの気持ちが分かるだろうと思っていつも頼りにしているけど、今は僕が自分で考えるしかないんだ。

「泣いてない、ばか。アサカさんに女の子の慰めかたでも聞いてきたら?」

 ななしにそう言われてどきりとした。何故って、考えていたことをまるまる見透かされたようだったから。いつもならそれは嬉しいはずなのに、今はあんまり嬉しくない。それはきっとななしの言葉に棘があったから。棘があるってことは怒ってるってこと。ななしがなんで怒ってるかというと、それは恐らくアサカのことだ。今一度自分の言動を思い返してみると、ついさっき僕はテツじゃなくてアサカに聞いた方が良いと言おうとした。そのちょっと前にもアサカが教えてくれたって言った。それで今、ななしはアサカに教えてもらえばいいって怒って、悲しんでる。やっぱりそうだ。ななしは僕がアサカに色々教えてもらってるのが嫌なんだ。

「どうしたら泣き止んでくれますか?」
「なんで私に聞くの!」
「君を泣かせてしまうのが一番カッコ悪いと思ったから…。僕がアサカにあれこれ相談するのが嫌なんでしょう? それで泣かせてしまうくらいなら、君に直接聞きます…どうすれば泣き止んでくれるの?」
「自分で考えて!」
「……困りましたね」

 さっきは直接聞いてほしいって言ってたから聞いてみたのに、自分で考えるように言われてしまった。どうしよう。ななしは相変わらずこっちを向いてはくれないし、それどころか再び俯かせてしまったし、どうしよう、どうしよう。どうすればいいんだろう。
 僕だったら? もし僕が怒ってて悲しいときにはななしに何をしてほしいと思うのだろう? そうだなぁ…僕ならきっと、ぎゅって抱きしめてほしいと思う。それから、もしななしのせいで怒っているならごめんねって言ってほしいし、寂しくなって悲しい思いをしてるなら好きって言ってほしい。
 ななしにもそうしてあげればいいのかな。確証は何もなかったけど、ぎゅうっと後ろから抱きしめる。

「ななし、ごめんなさい。僕は君のことが好きなんです…だから……、」
「っ!」

 もっと力を込めて抱きしめて、ななしの頭に頬を寄せる。ななしが元気になってくれますように。願いをこめて、ちゅっと耳にキスをした。それから少し身を屈めて、肩越しに頬と頬をくっつける。

「まだ、悲しいですか?」
「それくらい自分で考えてよ、ばか……」

 ななしの言葉はまだ怒っているようだったけど、僕の腕を両手できゅっと握り返してくれて、それがとても嬉しかった。仲直り、できたみたいだ。そう思った途端、自然と笑みがこぼれる。

「ふふっ」

 あぁよかった。本当によかった。どうやら自分で思ってる以上にななしのこと、分かってるみたい。嬉しくて、ほっぺたをぐりぐり押し付けると、ななしも対抗して僕の頬を押し返してきた。僕のほっぺたとななしの柔らかいほっぺたがぎゅうっと押し合って、ちょっと痛い気もしたけど、なんだか面白い。
 今みたいに、自分で考えてって言われてしまうかもしれないけど、今度からはアサカじゃなくてななしに直接聞こう。泣かせてしまうのは嫌だから。でもやっぱり、ちょっと格好悪い気もするから、自分で考えて、分からなかったらにしよう。うん、そうだね。全部が全部、上手くいくかは分からないけど、これからは頑張って考えてみようっと!