宮地がガラガラッと威勢よく扉を開けると、そこは既にほどよい熱気と活気に包まれていた。ここは放課後の秀徳高校体育館。放課後ということで部活(今日はバスケ部のみだが)で大にぎわいなのだ。
 宮地は、たまたま今日クラスの掃除当番に当たり、いつもより遅くなったので、慌てて自主練を始めようとした、その矢先。目に入ったのは巨大な犬のぬいぐるみ。大きさは人の背丈ほど。体育館の隅で、のんびりと伸びている。沸き上がる怒り、持ち主は明白。ならば当然――。
「おい緑間ァ。ちょっとこっち来い」
持ち主に怒りたくなるものだ。当の持ち主、秀徳高校バスケ部一年・緑間真太郎は、195cmある長身をビクッと縮こまらせるとじっと宮地を見た。
「早く来いって言ってんだろーが」
もう一度声を荒げると、しぶしぶと宮地の元へやって来た。
「何ですか宮地さん」
「これは何だ」
と凄みを効かせた声で問いかける。
「今日の蟹座のラッキーアイテム、犬のぬいぐるみですが」
緑間は飄々とそう答えた。
「ラッキーアイテムですが、じゃねえよ。邪魔だ。片付けろ」
「では、わがまま1回分でどうですか?」
「駄目に決まってんだろ」
「なぜですか?わがままというのはこのようなものでは……」
たとえ何と言われようとも飄々とした態度を崩さない緑間に、遂に怒りが限界点を越えた。
「邪魔だって言ってんだろ!さっさと片せ!轢くぞ!」
怒声をあげると、やっと緑間は犬のぬいぐるみを抱え、すごすごと体育館を後にした。

 邪魔なものも片付いたので、宮地はシュート練に入ることにした。手からパッとボールを放つ。これは入る、と直感的に判断した。結果は――その通り。リングに掠りさえしなかった。もう一度ボールを放つ。これも実に気持ちよく、ゴールにスパッと入る。これを数回繰り返した。結果も全く同じ。今日は調子がいいな、と宮地は思った。始まる前にもう1回やろう、そう考えたちょうどその時。

 普段、滅多に人が通らない体育館の2階部分を人が歩いているのが目に入った。誰だと思ってそちらに目をやると、緑の髪の高身長が犬のぬいぐるみを隅に置き、満足した表情でスタスタと2階を後にしていた。宮地は、怒りを通り越し呆れることしかできなかった。口からは、ただため息が漏れるばかりだった。やるせなくべよんと放ったシュートが響かせる音は、ボールがリングをくぐった時の気持ちよいスパッという音ではなく、ボールが床で跳ねる寂しいバンッ……バンッ……という音だった。おのれ緑間という声も、虚しく心で響くだけ。








 大坪の号令で、練習が始まった。アップがわりのフットワーク、シュート練習、オフェンスとディフェンスの強化。きびきびと練習メニューがこなされていく。

 そして、本日のメインの練習、5on5が始まった。宮地のチームは、他に2年の準レギュラーが二人、1年が二人。まあ悪くはなさそうだ、と宮地は考えた。気合い入れて行くぞ!!と声をかけると、はいっ、という気持ちの良い返事が帰ってくる。
 初戦の対戦相手は、緑間のチームだ。また厄介な奴だ。
「まさか易々と勝てると思っているんじゃねえよな?」
「そう言ってられるのも今のうちです。先輩たちに負けるつもりなど毛頭ありません」
緑間の相変わらずの飄々とした様にメラメラと闘志が沸き立つ。
「覚悟しろよ、緑間」
宮地はそう言い放った。緑間はその鉄仮面を崩さず、自分の位置に着く。

 試合は、音を立てて始まった。宮地のチームがまずボールを取った。2年が順調にパスを回し、ゴール付近の宮地に渡そうとしている。頃合いを見て、パス!と声をかけると、ボールはするりと宮地の手元に滑りこんできた。宮地はそれを空中に高らかに放つ。頭の中で描いた放物線はなめらかにリングをくぐった。――しかし、その放物線は途中で断たれた。緑間のカットだ。そして緑間は、そこからシュートを打とうとする。敵陣ゴール側のエンドラインから自陣のゴールに入れようだなんて、普通はありえない。だが、この男はあっさりとやってのけるのだ。
 まあ、それをぼさっと見てるほど馬鹿ではないがな。宮地は心の中でそう呟くと、ブロックのために全力で飛び上がる。
「そんなブロックじゃ俺は止められませんよ」
緑間は相変わらずの鉄仮面でそう呟くと、左手からパッとボールを放つ。宮地は全力で飛び上がったはずなのにボールに触ることすらできず、ただその軌道を眺めることしかできなかった。軌道は高い放物線を描く。宮地は、ああ綺麗だ、と呟いた。どこにも歪みのない完璧な放物線。こんなもの、世界中どこを見たってあいつしか作れない。世界一の美を見せつけられて、魅せられない奴が世の中にいるだろうか。緑間は確かにムカつく後輩だ。断言できる。あの唯我独尊な態度、謎のラッキーアイテムなどなど、ムカつくところはいくらでも思いつく。だがしかし、知っている。それは、自分のシュートをいつも完璧にするための努力の一つであることを。――あいつの才能、そして努力の結晶であるあの放物線にはただただ尊敬することしかできないのだ。

 目の前の緑間は、自分のシュートに興味がないかのように、ただ前をじっと見つめている。その視界にはリングしか入っていないのだろう、もったいないことだ。お前のシュートは、こんなにも美しいのに。俺はお前の描く放物線を、こんなにも尊敬しているというのに。宮地はそんなことを考えると、緑間の左手を取り、その甲にそっと口づけをした。緑間は、何をしたのかという目付きで宮地を見る。何でもねえよ、と宮地はぶっきらぼうに言った。そうですか、と緑間も呟く。

 やがて、その放物線は軽快な音を立てて、リングをくぐった。相手が3点先制する。またこちらのボールから試合は始まる。
「よし、一本取り返すぞ!」
と宮地は声を上げた。

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