「あ? そりゃオメー、最終手段があんだよ」

「……なんだと?」

少し後に万年赤点候補生の青峰を毎回救ってきた最終手段を手にした緑間が一年の春からオレと繰り返している学生としての勝負にそれを用いることになるのだが、今はまだそんな事を知る由はなく。
因みに緑間が自分で用意している、実に験担ぎに人事を尽くす占い信者らしい最終手段の秘策とやらも知ってはいるが、あれが実際役に立つならこの先緑間はそれこそ数多の馬鹿を救うことになるに違いない。

「分かった! 解けたっス! やっぱり赤司っち凄いっスねー!」

「そうか? だが、最終的にこの解答を導き出したのは黄瀬自身だ。ほら、早く提出してくるといい。青峰も。黒子、今日は付き合わせてしまってすまなかったね」

「……いいえ。ボクはただ、早く皆とバスケがしたかっただけですから」

要するに、青峰や黄瀬が部活動停止処分を食らったら困ると言いたいのか。だが主将として、バスケ部の命運を左右するエースにそんなことをさせるつもりはない。
図書室に缶詰状態でも課題は提出して貰うし、赤点を回避するためなら多少時間は削がれても緑間と二人で徹底指導するくらいの予定ではいる。

「じゃあ、オレも帰ろーかな。赤ちんとミドチンはー?」

「もう少し残ろうと思う。鍵はオレが持っているから問題ない」

「オレはキリが良いところまで終わったら帰るのだよ。赤司、時間があるなら少し付き合え」

「ああ、構わないよ。オレも、お前に話があるからね」

じゃあまた明日ー。間延びした声で紫原が部屋を出ていくと、既に教室を飛び出していた青峰や黄瀬、それに続いていた黒子も含めて緑間以外の全員が居なくなる。
賑やかだった広い特別教室は一瞬にして静かになり、隣の準備室から聞こえ始めた家庭部員か教師が使うロックミシンの派手な音がやけに大きく響いていた。

「で……オレに話とはなんだ?」

「それは此処を出てから言うよ。どうやら、隣の部屋に人がいるみたいだから」

「分かった、少し待っていろ」

そう言って立ち上がった緑間が、備え付けの本棚から持ち出した書物を正確な位置に戻していく。
オレはその間に生徒会関係の資料を速読しながら、これから二人で何をしようかと考えていた。
少し付き合えと言われたからには、緑間にも何かしたいことがあるのかもしれない。或いはそれは、十数分前の会話に関わる事ということなのだろうか。

「緑間は、オレにとって特別だから」

「……脈絡もなく話をするな」

「黄瀬が言っていた糸屑とやらを取ってくれないか?」

残りの本は右手に持ったあと一冊。横に立って、襟の辺りを指で示した。良いのか、という表情をしているが、緑間に対しては両腕を項に回されることだって拒んだことはないだろう。
特別だから。寧ろもっと触れて欲しい縋って欲しいとさえ思っているから。何にも、不可視である大気にさえ阻まれることのないゼロ距離を望んでいるから。
早くしてくれ、と目で訴えると躊躇いがちにテーピングの巻かれた左手が近付く。喉元を掠った指先が何かを摘んで、オレの眼前に晒された。

「多分、これだろうな」

「ん? ああ、この色だと紫原の……。風で飛んで来たのか」

「……赤司、さっきの話だが」

「その答えなら、もう言ったよ。緑間は特別だ。何も、黄瀬と過ごした時間が短いから許さなかったわけじゃない。それこそ、相手が紫原や青峰でもオレは同じ反応をしていただろうね。それに……」

本当は端からオレにこんなことを言われるまでもなく自惚れでもなく、お前は自分だけは許されているのだと正しく理解しているだろう?
少しだけ意地の悪い問いを投げ掛けてみる。此処にもう用はないと判断して二人分の鞄を手にして先に歩き始めると、顔を赤らめた緑間が早歩きで追い掛けてきて横から自分の鞄を掠め取った。
偶然にも廊下を歩いていた家庭科教師に礼を言って鍵を預けて、緑間が一言二言話掛けられているのを横目に苦笑する。
同じクラスの青峰が呆れていたが、やはり果敢に挑戦する姿勢と意欲で補ってなお余りある腕前だということか。

「……笑うな」

「すまない。でも、その指に怪我をされるくらいならレポートの方がオレとしては助かるよ」

もう青峰達はとっくに校舎を出ているだろう。一般教室へと繋がる渡り廊下を通り過ぎ、階段を降りて職員室の前を通り過ぎてもそれらしき生徒の声は聞こえなかった。
僅かな沈黙の後に、緑間が口を開いてオレの名を呼ぶ。初夏の爽やかさにそぐわない熱を含んだ声音は、投げ掛けたあの問いに対して漸く答えてくれるつもりなのだろう。
誰も居ない昇降口。上から注がれた焦がれるような視線が同じ高さになって、肩に手を掛けられたのが先だったのか温かな唇がゆっくりと首筋に触れる方が早かったのか。

(……ああ、成る程ね。でもオレだって同じなんだ、緑間)

其処に口付けをしたのはわざとであり、そして多分に意図的だ。その場所に触れられる自分は特別だと分かっていて、そうすることを唯一許されると端から正確に理解している上での行動なのだろう。
優越感、愛情、独占欲。それらに紛れて見え隠れする僅かな嫉妬心。今は伏せられているであろう瞼の下で、碧玉の虹彩はどんな情を帯びているというのか。

「Arm und Nacken die Begierde……彼の詩人曰く腕と首なら欲望と言うけど、お前のそれは違うだろう? 欲望なんてものじゃない。もっと深くて、底を知らない。さっきの紫原と黄瀬に対する焼き餅もなかなか可愛かったよ」

「迷惑ならそう言え。あと、可愛いは余計だ」

「わざとなのかは知らないが、喉元で話されると吐息に擽られているみたいだ。それと、今の言葉を本気で言っているなら分からせてあげようか? オレがどれ程、お前の事を想っているのか」

目の前の存在に執心しているのは寧ろオレの方だ。もうずっと、溺れる程に心を奪われているのだから。
首筋から離れて顔を上げた緑間に、努めて自然を装いにこりと笑い掛けた。チャイムが鳴って、校庭からは野球部員が打ち上げた軟式ボールの音。

(全く……本当に、好きで好きで堪らないよ)

露出の少ない白い肌に引き寄せられるようにして、僅かにぺろりと舐めたその場所に唇を寄せる。
さて、先にオレに触れた緑間は当然よく分かっている。此処を選んだ、その理由はただ一つ。そういえば、首っ丈とはよく言ったものだ。





首筋へのキスは、恋人に対する執着心。

(互いに捕らえて、囚われて)


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