申し分程度に開けられた窓からはクリーム色のカーテンと梢を揺らす、春から夏の季節へと移り変わり始めた風。
両隣に二人、前には三人。耳に入るのは壁に掛けられた時計の音と、シャーペンの走る音。それぞれが、各々に課された作業をただ黙々と進めていた。

「……どういう事っスか、コレ」

ぽつりと。右隣に座っていた、つい先日中学における知り合いの一人に加わったばかりの黄瀬が沈黙を破って率直過ぎる質問をぶつけてくる。
だが、それは寧ろ学業には何も落ち度も無く生徒会と六月に控えた帝光祭に関する作業を仕上げる事以外に作業の無いオレの方が、此処に集まった黒子以外の四人の同級生に対して尋ねたい言葉だろう。
百戦百勝をスローガンとする昨年度全中全国覇者である帝光バスケ部の中でも、月刊誌をしてキセキの世代と噂される一軍スタメンとレギュラー候補約一名を併せた男ばかりの六人。
このメンバーが体育館でもロッカールームでもなく、凡授業以外で縁の無い特別室棟の一室で顔を突き合わせているという今の状況は一体何なのか。
百歩譲って、決して日頃の怠慢だというわけではなく偏に己の不器用さが招いた結果である緑間と紫原に関してはまあ個々の能力の問題であり、致し方ないと言える。
けれど、自らの優先するものを間違えていたとしか思えない黄瀬とやる気の欠片も見られなかった故の青峰に言われるのは些か腑に落ちないと文句を言わざるを得ない。

「仕事とサボりという違いはあれど学業を疎かにして追加でプリントを与えられたお前と青峰、春休みの家庭科の宿題を手直しの上再提出と言われた紫原、数日前の調理実習が壊滅的でレポート課題を課された緑間。監督兼指導係にはオレと黒子。これが現時点におけるこの集まりの概要だが、何か質問はあるか?」

理解したなら口にして虚しくなるような台詞をわざわざ言わせないでくれ。そう言って、次は左隣でレポート用の本を積み上げている緑間の方を見た。
壊滅的とはなんなのだよ、と吐き捨てるように言うが、あの日の緑間の悲惨な昼食を見る限りオレの表現が間違っているとは思わない。ついでに言えば、去年の合宿で調理班からたらい回しにされていた過去もある。

「……黄瀬、今度赤司が学食で麺類を頼んだらセルフサービスのワカメを大量に乗せてやれ」

「えっ、もしかして赤司っちワカメ駄目なんスか? ミネラルは大事っスよ!」

「緑間、お前の部屋を猫屋敷にされたいか? 五匹や十匹なら簡単に集められるが」

恐怖心から肩を震わせた緑間から視線を外す。そもそもオレとしてもこんな予定ではなかったのだから、端から機嫌など良いわけないだろう。
何が悲しくてそれこそ朝から夕方まで四六時中同じ時間を過ごしているような体育会系の野郎連中と共に、それも彼らには総じて不似合いこの上ない家庭科室なんかで仲良く居残らなければならないんだと言えれば良かった。
だが一応、誰かに責任転嫁をするつもりはない。どうせ課題持ちばかりならこの際だから全員でやろうと昼休みに提案し、紫原と緑間のそれに合わせて此処にすると言ったのは他でもないオレ自身なのだから。
部活や委員会やミーティングはなく、天気は良好。こんな足枷さえなかったなら、久々に門限までのあと数時間を恋人と二人きりでゆっくり過ごしたかったというのに。

(だがまあ、その恋人張本人がこうして横で頭を抱えているのだから仕方ないな……)

目の前に座る黒子は分厚い本を読みつつ、時折投げられる青峰からの質問に答えている。期末テストの点数を見た限り、国語は得意なのだろう。
斜め前の紫原はといえば、今にも自分で中に詰めた綿が飛び出しそうになっている憐れな外見をしたウサギのぬいぐるみの縁を不格好な並縫いで縫合している。
見た目としては、並縫いではなく波縫いという表現の方がしっくりとくる状態だ。細かい作業は苦手だと言っていたが、まさかこれ程までだとは思わなかった。

「あーっ! また糸が抜けたし! 赤ちん、もっかいこれ通して……」

「……つーかよ、紫原がやってるあれ、子供のための玩具とかってテーマだったよな。目の位置とか左右違ってて怖ぇんだけど」

「青峰君はまず口ではなく手を動かして下さい。確かにあれでは子供用には向きませんが、おは朝占いで蟹座のラッキーアイテムが『ヘンな生き物』とか言われた時にはきっと其処にいる緑間君が喜んで貰ってくれますから」

「黙れ黒子。あと紫原、お前はさっきから赤司にばかり頼ってないで自分で作業をするのだよ!」

此処に来てから既に三度目になるだろうか、紫原から渡された細い縫い針の穴にぬいぐるみと同じ薄桃色の糸を通していると緑間が横から不満を言う。
それが丸きり私情であり分かりやすく紫原を羨んでいるのは見え見えだが、負けず嫌いで矜持の高い緑間はこの状況ではオレに話掛ける理由を作りたくとも自分では作れないのだろう。
面倒な性格だとは思うが、素直になれないそんな部分も可愛いと思ってしまうのだから痘痕も笑窪というのか、やはり恋とは人を盲目にしてしまうらしい。

「別に良いじゃんこのくらい。そーゆーミドチンはさあ、それ進んでんのー? つか、ミドチンが補習なんて珍しーけど」

「オレのはまだ時間に余裕があるのだよ。別に、授業を休んだわけでもないからな。ただ、今のままでは期末の筆記がいくら良くても成績がSにはならないと言われたから代わりの課題を要求しただけだ」

オレが知る誰よりも綺麗でそれだけでも芸術と言えるようなシュートを撃ち、ピアノはそれこそ学年代表に指名されるくらい完璧に弾き熟す緑間が何故料理ともなるとあそこまで不器用になれるのか。
机の上に置かれた、今日の蟹座のラッキーアイテムである昔ながらの木製デッサン人形を見る。恐らくは、朝一で美術教師から手に入れたのだろう。
十数分前に黄瀬と青峰によって目茶苦茶なポーズを取らされていたそれは、持ち主がその事を特に気にしていないのか見るも無残な格好のままになっていた。

「うげっ。緑間っち、どんだけっスか……。自分から課題を出せなんてそんな真似、オレなら絶対にしないっス!」

「バカめ、尽くせる人事は全て尽くす。やれることは全てやる。当たり前だろうが。オレは、負けるつもりなどない」

「ああ、緑間。この前部室で微笑みながら美味しいと言ってくれた弁当だけど、あれの中身はオレが午前中の実習で作った料理だったんだ」

「は!? ……分かった。もう二度と、お前と弁当の交換なんかしないのだよ赤司。実習が来週になったと言っていたのは嘘だったということか」

そもそも、男同士で弁当交換とか何してんスかアンタら。呆れたように黄瀬は言うが、元々それはオレが母親の手料理というものを食べたことがないと何気なく言ったのを緑間が覚えていたからだ。
一年の頃からチームメイトとして会話を交わしていた青峰や紫原でさえ、オレの家の事情や家族に関する事は一切知らない。オレは、今の黄瀬の言葉を咎めるつもりもなければ一から説明する事もしなかった。

「あと緑間っちの笑顔ってのも、ちょっと想像出来ないっス。……あ」

そこまで言って、不意に此方を向いていた黄瀬の手がオレの首筋に伸びる。当然、その行為に悪意は全くなかっただろう。けれど、オレは無意識にその手を払い除けていた。
ぱしっと軽く乾いた音がしたのと同時に、柔らかな蒲公英色の双眸が瞠目する。決して黄瀬に非があったわけではなかったので、悪かったと素直に謝っておいた。

「首に触れられるのが好きではなくてね。何か着いていたか?」

「あ……今、襟に糸屑が見えたから取ろうと思ったんスけど」

「そうだったのか、ありがとう。後で自分で見ておくよ。幼い頃にこの場所は様々な神経が通る場所だと聞いてからどうにも駄目というか……」

横に置かれていた珍妙なポーズのデッサン人形を手に取って、指先で細い頸部をついと撫でる。
いつの間にか黒子や青峰達の視線までもが小指の先端一点に注がれていたが、それはオレの言葉を待っているということなのだろうか。無言の要求に促されるようにして、続きの言葉を口にした。

「此処には気管や動脈、それに感覚や運動、自律を司る神経なんかが集中している。故に首は人間にとって最大の弱点の一つでもあるということを教わってから、他人に触られるのを極力避けるようになったんだ。黄瀬の事を信頼していないというわけではないが、不快な気持ちにさせてしまってすまなかった」

理由を説明すると、黄瀬はそういうことだったんスねと言って頷く。自惚れとも取れるような勝ち気の発言も多いが、黄瀬は本質的にとても素直なのだと思う。だからこそ、まだその才能の進化は未知数だ。
そうして皆が納得する中でただ一人、緑間だけが視線を関係のない方向へと泳がせていた。オレとしては、その行動の理由に心当たりがないとは言えないのだが。

「どうした? 緑間」

「いや、なんでもないのだよ」

「……赤司君の行動の意味は分かりました。それにしても、黄瀬君の言葉を蒸し返すようですがボクも緑間君の笑顔というのは想像出来ません」

「テツ、無駄な外周増やされたくなかったらその辺は深く突っ込むんじゃねーぞ。多分、赤司にだけってやつなんだろ。それよか、あと一問でやっと終わるぜこれ……。おい黄瀬ぇ、早く終わらせねーと帰りに一対一付き合ってやらねえからな」

青峰の言葉を受けた黄瀬が、慌てて数学のプリントに向き合う。此方も残りは二、三問ではあるものの最後の設問に相応しく応用を駆使した厄介な文章問題になっていた。
お願いします助けて下さいっス! と思い切り顔に書かれた状態で振り向かれては黙殺して放っておくわけにもいかない。例えそれによって、緑間の機嫌を更に目に見えて急降下させる事になったとしても。

「あーらら、ミドチンすげー顔になってんね」

「煩い。それから黄瀬、お前まで赤司に頼るな!」

「……なんとなく、青峰君の言っていた言葉の意味が分かりました。緑間君って、分かりやすいですね」

「だろ。あいつ、赤司には甘いからな。まあ、それに関しちゃ赤司もそうなんだけどよ。……よっしゃ、終わった! さっさと帰ろうぜ、テツ」

最後の問題の回答欄を埋めてプリントと筆記用具を仕舞い込むのが早いか、派手な音を立てて青峰が立ち上がった。
紫原も、続きは上の兄貴に手伝って貰うことにしようかなあと呟く。姉ではなくて兄なのかと尋ねると、長兄の方が手先は器用なのだと言った。
だったら最初から居残るな。ぼそりと緑間が零した言葉に、でも今日の集まりは赤司君の提案でしたからねと返して黒子が苦笑する。

「えーっ!? 青峰っち置いてかないで!」

緑間、お前は此処でオレがあっさりと黄瀬を助けた方が早く二人きりになれるのだということを分かっていないのか。
そんな事を思いながら、解答に必要な公式の説明をする。緑間自身の事ならば、後で十二分に構い倒してやる予定だから何の心配も要らないだろう。

(もしかして、お前も今日はそんな風にして過ごしたかったのか?)

明日の昼は運動部の合同会議が入っているし、明後日は虹村さん達とミーティングをしなければならない。
オレの忠告に従って先日退部した灰崎のポジションであったSFに黄瀬を起用し、そしてスタメンにするということを提案する予定でもある。
朝や放課後に部活があるのは言うに及ばず、ついでに言えば再来週辺りからはテスト前で学業の方が忙しくなるだろう。先程触れた人形を弄んでいると、緑間が視線だけで僅かに反応した。

「峰ちんも黄瀬ちんもさあ、テストで赤点とかやめてよねー。またこんなことになってもオレ知らないし」

「そういえば、青峰は何故あの成績の悪さで一度も赤点になったことがないのだよ……」


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