まさか、まさかの展開です。

ぎゅうううと握り締めた拳が力の入れすぎによって血の気を無くしていく中、わたしは上ずった声で隣りに居る斎藤さんに声を掛けた。



「あの!これ一体…なんのプレイですかっっ!?」


斎藤さんが居るであろう方角にそう吼えたわたしは今、視界を黒に染めて彼の運転している車の助手席に居る。
「すまない、あと少しだ」とやけに冷静な声色にちょっとキュンとしつつもやっぱり状況を理解出来ない所為で額に汗が滲む。緩やかに振動する感覚と、カーブを曲がる時に感じる重力に身を任せながら揺られる事約一時間。

事の起こりは仕事を上がる時に彼から「OLさん。本日はいつもの居酒屋では無く…、その、少し俺に付き合ってみないか」と、斎藤さんには珍しく積極的なデートのお誘いから始まった。
近頃は大分暖かくなってきたお陰で、冬仕様のスーツの上着を腕に引っ掛けてそう言った斎藤さんとは、金曜日に決まって飲みに出かけるなんていう美味しいお約束をしていたわたしだったけれど、初めはやっぱり戸惑ってしまった。

珍しいんだ。斎藤さんから「行きたい場所がある」なんて言うのは。
しかも何やら元より…正確には解らないけれど「それ故、今日は車で来た」と言う所を見ると、最低でも今朝の段階では計画されていたらしかった。
そしてあれよあれよと言う間に、どこかキラキラした表情の斎藤さんに背中を押され、こうして車に乗り込んだんだけど。

そっからが、おかしかった。

まず「では、これを」と真顔で渡された其れを見て、わたしは兎に角素っ頓狂な声を上げたのを覚えている。「ぶぉえっ!?」と。
本当は「へ?」と言ったつもりだったんだけど、その斎藤さんの真っ直ぐな瞳と彼の手の中に見えたモノのお陰で、そんな何とも言えない声だったんだろう。

「あの…これ、目隠し…ツケマがはがれている気がします…斎藤さん」
「そんなモノ無くとも問題無い、OLさんは元から睫毛は長いだろう。付けていようがいまいが余り変わらぬ」
「それって…喜んで良いのか悪いのか、ちょっと反応に困ります…」

毎朝ツケマとどれだけ格闘していると思ってるの。
毎月どれだけ投資していると思っているの、斎藤さん。

そりゃちょっとはドキッと来たけど、女として微妙な評価をされてしまったわたしは、一時間もずっと視界を奪ってきた目隠しを取りたくて取りたくてむずむずしていた。
それに、視界を奪われている所為か、車という密室の所為かはわからないけど、斎藤さんの声がいつもよりずっと近くに感じて、心臓が煩い。
会話が途切れた時に聞こえる息遣いとか、ハンドルを操作する時に擦れる布音とかもうほんっとやばい。なんでわたしは今何も見る事が出来ないんだ!と暴れだしてしまいそうだった。

しかし、本当にどこに行くつもりなんだろう。
都内から車で此処まで一時間の道程なんだから、結構中心街からは外れていると思うんだよね。

最近はもう冬を越して春真っ盛りだから寒いとかは余り思わないけど、今車内で付けられている暖房が心地良いって事は外は結構肌寒いんだろうな。
窓(の方)を向いて、シートに身体を預けると頬を温風が擽って気持ちよかった。



「…あんたは、毎年行くのか?」
「……へ?あ、え?何ですか!?」

でた!斎藤さんの主語を抜いた問い攻撃!これが出るって事は斎藤さんも若干浮き足立っているか、ちょっと無理して話している時だ。
取り合えず聞こえなかったフリをして斎藤さん(の方)を振り返る。ちくしょう、運転姿なんて結構レアなんだから今直ぐこの目隠しを取って隅から隅まで見尽くしたい!アクセルを踏む爪先から頭の天辺まで見尽くしたいぃいい!
…とは、内心悲鳴を上げていたが、あくまでポーカーフェイスを保つ。まぁ半分見えてませんけどね。

「その、毎年仲間内で花見など…行くのか、と」
「え、お花見ですか…?それだったら会社行事であるじゃないですか」
「会社では無く、私的にだ」
「あー、そう言えばここ数年は無いですねぇ…、大学の時は毎年春になるとこれでもかってくらいにお花見と称した大宴会してましたけど…」
「そうか、」

お花見かぁ。この間見たニュースで八部咲きと言っていたから、丁度今頃の時期が満開なんだろう。いいなぁ、毎年会社で花見が開催されるのは少し遅めだから満開と言うか散り始めって感じだし。まぁ、その散る桜がコップに浮かんだりしたら風流で………いや、駄目だ「桜酒〜〜!」とか言って桜の花びらごと瞬時に一気飲みしてたわ、去年のわたし。

「斎藤さんは毎年行くんですか?」
「いや、俺は自分から花見に赴く事は滅多に無い。それにああいった場所には今の時期…沢山人が押しかける故、あまり」
「ああ、そうか、斎藤さん人ごみ嫌いですもんね、いつも会社の飲み会でも、シートに着くなりうんざりした顔してましたし」
「……そこまで見られていたのか、」

何だ罰の悪そうな顔をし(たような気がした)、声を小さくした斎藤さんは「あと少しだ、もう少しそのままで居てくれ」とわたしに告げ、笑みを溢した(のが声でわかった)あああ、もうこの()面倒くさいっ!!!早くお目目開けたい!!!!!

そして本当に五分やそこらで、突然止った斎藤さんの車。
キ、とブレーキが踏まれシートベルトを外す音が隣から聞こえてくる。「さ、斎藤さん…?もう取ってもいいですか?」と少し不安げに問い掛けるとエンジンを切る音と「まだ駄目だ、俺が取るまでそのまま、」と、思わず身悶えそうな台詞が直ぐ耳元で聞こえた。
取り合えず大人しく再びシートに身を預けたが、バタンと言う扉を閉める音と静寂。

「あれ、置き去り?これ置き去り!?ちょ、斎藤さーーーんっっ!!!!」

思わず声が出た。
だってエンジン切って静かになった車の中に、外から際立って大きな音が聞こえてこない。つまり車も通ってなければ、人も居ないと言う事だ。
律儀に斎藤さんの言う事を聞いて、目隠しをしたままドアを開けようと手元を這わした時、左…つまり窓の外から足音が聞こえた。

「ここに居る、あまり暴れると危ないぞ」
「さささ斎藤さんんっ、」

危ないって、これやったの貴方でしょぉお!!!と喉まででかかったけれど、次の瞬間ふわりと香ってきた斎藤さんの香りと、わたしを覆いかぶさるみたいに触れたスーツの生地(の様なもの)によって、抗議の言葉は再び胃の中へと逆戻りしていった。
「今シートベルトを外す故、動くな」と、さっきよりずっと至近距離で囁かれ、思わず背筋がゾクリとなったと同時、パチンと音がして窮屈だったベルトから身体が開放された。
そして、そのまま斎藤さんに手を引かれ慎重に車を折り、今よちよちと何処かへ誘導されているわけです。

目隠しをしたまま。

「あ、あの、本当に此れ大丈夫ですか?わたし達端から見たら明らかにおかしいですよ?在らぬ疑い掛けられますよ?」
「その心配は無い。周りには誰も居らぬからな」
「え、え、これ本当に置き去りとかにされませんよね?泣きますよ?」
「…あんたは俺をどういった人間だと普段から思っているのだ、」

両手を取られ歩いていたわたしだったけど、そこで斎藤さんの手がするりと離される。
周りには斎藤さんの言うとおり人の気配も、話し声もしなくて、何か解らないけれどどこか懐かしい…聞き覚えがある様な虫の鳴き声と、微かに水の音が聞こえてきた。

何だろう。肺に入ってくる空気がとても美味しい気がする。
都会では味わえないような、そんな…澄んだ空気。


「斎藤さ、」
「外すぞ、目を閉じていろ、」
「は、はい!」

もう閉じてます。とは言えず大人しく棒立ちになっていると背後に周ったらしい斎藤さんの手がわたしの頭から目隠しを取り払った。


「OLさん、あんたに此れを、見せたかった…」


そして、一時間ぶりの開眼に若干もたつきを見せたわたしの視界には何とも言えない景色が飛び込んできた。目の前にはあまり広くは無い湖と、


「わ、…すっご、い」
「見事だろう」

それを取り囲むように広がっている、桜の木。
もう陽はとっぷりと落ちているから辺りは暗いんだけれど、ぽつぽつと遠くの方に見える街灯と、頭上の月明かり。
ゆらゆらと湖面に浮かんでいる月が反射をして、桜をライトアップさせていた。

思わず言葉を失ったわたしと、目隠しをポケットにしまい微笑んでいる斎藤さんの満足そうな笑みだけが、ここにあった。
わたしが立っている頭上にも見事に満開を迎えた桜が一面に広がっているし、続く桜の薄いピンクがずっと遠くまで続いている。これ程見事なものは都内じゃ見れないだろう。周りには民家などは見当たらないし、空だってずっと広い。これを、わたしに…見せる為に車まで用意してくれていただなんて。

「斎藤さん、綺麗…。ありがとうございます、本当に嬉しい」
「そうか。何よりだ。俺とて目隠しはどうかと思ったが、ここに来るまでにも桜の木は何本もあったからな、どうせならこの見事な一面桜を一番に見せたかったのだ。」
「素敵、一週間分、ううん。一か月分の疲れが吹っ飛びました、」
「よかった…。俺もあんたと…OLさんと一番に花見が出来た。ありがとう、礼を言う」
「っ、は、はい」

そっと取られた手の平と、絡む指にひらひらと落ちてきた桜の花弁がそっと掠めていった。


今まで生きて来て見た

都会にあるライトアップされた桜より、

皆でわいわいと美味しいお酒を飲みながら見上げる散り桜より


「…………何か、涙出てきた、」
「あんたは直ぐに泣くな。滲んでは勿体無いぞ」


斎藤さんの隣りで見る桜が、一番綺麗だった。


「その…気に入ったのなら、来年も、連れて行く故…」
「はい、今度は目隠し無しでお願いしますね」
「そうだな、では、一時間耐えたあんたにご褒美を、」
「え?」


その手には、ビールが一本握られていた。





花より貴方。…よりビール

(うっま!夜桜と斎藤さんとビールうっっま!!!!)
(俺は運転があるが、あんたは好きなだけ堪能するといい。俺のことは気にするな)
(はい!でも、ここって何処なんですか?なんで人居ないんですか?絶好のお花見スポットじゃないですか)
(大分外れだからな、俺とOLさんだけが知っている。それでいいでは無いか)
(は、はい…っ!)


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