平日の昼間。騒がしいこの空間でわたしは持参のお弁当を目の前に、辺りを物珍しそうに見渡して居た。

今日は珍しく食堂でご飯食べる同僚にくっ付いてきたんだけど、やはり凄い混み具合だ。まぁ、同僚達は慣れたもんで「いつもこんなもんだよ?それより先に行って席取って置いてー」とわたしに言い付けて食券を買いに行っちゃったから、こうして「OLさん!待て!」とお預け喰らった犬の如く大人しく座ってるんだけど。

何より驚くのは、その圧倒的女子社員率だ!

「あれか、絶対あれ目当てだ…」

人数分の椅子に私物を置いて確保しているところ以外、あれよあれよという間に席は埋まっていく。そんな彼女達の表情は「午前も仕事頑張ったなー☆」とか「ご飯ご飯ー☆」とかじゃなくて。まるで獣の様だ。目がぎらついている。恐い。

前にも説明したと思うんだけど、うちの社員食堂は結構人気がある。まぁ安いのは勿論味も良いし、メニューも豊富、一面ガラス張りの突き抜けた空間は最上階にあるから見渡す景色もなかなかの物だ。下に続くオフィスの窓から見えるのは、高いビルばかりだし向かいの会社で同じ様に疲れた顔をして働くオッサンやらOLさんやらが見えるだけで、確かにご飯の美味しさは半減していた様に思える。
と言ってもわたしはお酒の為になるべく節約したいし、某鯛焼きソングの様に毎日毎日鉄板の上で焼かれる…じゃない、社食を使うわけには行かなかったからこんな事は稀中の稀だ。

「OLさんお待たせ!今日は日替わりランチが旨そうでやばい」
「いや、一番やばいのはやっぱり素うどんだとわたしは思うよ?」
「お前のそれは病気だよ。席取りご苦労さん」

いつもはぼっち飯ならぬデスク飯だけど、別に特別ここに来たいって事でもなかったし、ご飯食べたら給湯室で湯のみ洗ったりしてたから良かったんだけど、せっかくこうして誘ってくれたんだから行かない訳にはいかなくて。
たまにはわたしもワイワイ騒ぎながら皆と昼食時のOLライフを満喫したいじゃない。ひ、独りだけレンチンオンパレードのお弁当食べてたっていいじゃない。泣いてない。

「今日、遅くない…?」
「うんうん」
「もう直ぐ来るよっ」

「…………、」

ほらね。やっぱりあれ目当てだよ。この人たち。
目ギラギラさせていた周りの女の子達も心成しか入り口をチラチラ見ているし、きっと女子社員の大半の目的は同じだろう。

「あ!ほら!」
「来たー!」

ざわっ!と一気に色めき立った食堂内は少しだけ気温を動かしたと思う。皆が見ている先にはやっぱりあの集団が颯爽と扉を開けて食堂内に入ってきたところだった。

先頭に我等が部長の土方さん。それに続くようにして斎藤さんと沖田さん。そして後ろで漫才みたいなやり取りを繰り広げながら入ってくる原田さんと永倉さんと藤堂くん。

「イケメンバーのお陰で食堂儲かってる、絶対に…っ!」

食券は入り口の直ぐ脇に設置されていて、うちの社長が「別に何でもいいんだけど、社員食堂と言ったら食券じゃね?」との事で、数年前に設置された立派なものだ。殆どのボタンは埋まっているから、他の社食よりはメニューが多いと思う。
しかし、みんな凄い反応だ。前のテーブルに居る子なんてラーメンどんぶり持って身体捩っちゃってるよ。若干行儀悪いよ!
男性社員も慣れたもので、黙々と食事を続けているし。何だか彼等の登場でここはまるでディナーショーの様な盛り上がりを見せていた。

「いつもこうやってイケメンバー見ながらご飯食べてるの?」
「そりゃそうでしょー、やっぱり目の保養は大事だよ。お肌にもさぁ」
「それに私達みたいに一緒の部署ならいいけど、他の部署の子達はここが唯一彼等と会える場所みたいになってるからね」
「なるほど…」

イケメンバーのみんなもやっぱり慣れたものだ。刺さる視線なんてお構いなしに食券を購入してそれぞれオーダーを通している。人気者って凄いなぁ。
わたしも最近は斎藤さんのお陰で良くイケメンバーのみんなと話すけれど、こうして見るとそれってとんでもない事なんじゃないかと思えてくる。きっと他の部署の女の子なんて話すだけでも凄くラッキーな事なんだろうなぁ。なんか、悪い気がしてきた。

「いいから食べようよー、わたし湯のみ洗わなきゃいけないんだからー」
「おっと、そうだそうだ。今日は多分席離れちゃうし、私達も食べよう」
「わーい!B定食プリン付いてるー!」
「ええええ!?プリン!?いいなぁ!」

やっとの事でテーブルに向き合った同僚と共にお弁当をつつき出す。
目の前にある定食はどれもこれもほかほかで美味しそうで、冷たいお弁当が歯に沁みる…。あれ、これ虫歯じゃないよね。大丈夫だよね。
飲んだ暮れ貧乏を、言葉通り身に沁みて痛感した所で人様のプリンをジっと見詰めてみる。定食にはデザートが付くのだと聞いては居たが、ここのプリンは社内でも美味しと評判だ。ちゃんと牧場が作ってそれをうちの会社がわざわざ仕入れているという。
レンチン生活でデザートなんて夢のまた夢だ…。何度も言うよ?別に泣いてないから。

「あー、やっぱりあっちのテーブル行っちゃったぁ、今日は遠いなぁ」
「本当だー、今日は斎藤さんのあの美しい箸使いや、平ちゃんの“うめぇ!”が聞けないね」
「あと原田さんのご飯食べる前の腕まくりとか…永倉さんの男らしい食べっぷり…」
「沖田さんって小食なんだよねー。あと、土方さんが幸せそうにプリン食べる所見たかった…」

ちょっと一瞬鬼部長の可愛い一面を垣間見た所で、前方を見やるとみんなの視線を受けつつわたし達より離れた場所に落ち着くイケメンバーが見えた。
ここから見えるのは小さな彼等の背中だけ。あ、いや…。沖田さんと斎藤さんは一応こっち向いて座ってるか。
そんな事を考えつつもぼーっと見ていると、沖田さんが隣りの斎藤さんに何やら耳打ちをしているのが見えた。斎藤さんも少し鬱陶しそうに身体を避けて居たけど、次の一瞬の内にピタリと固まったかと思ったら…


わたしと目が合った。


「…………?」


様な気がした。


そしてニヤニヤする沖田さんと、俯く斎藤さん。箸を持ったまま長い前髪で顔を隠した斎藤さんは沖田さんに一体何を聞いたんだろう。当の沖田さんはいつものニコニコ顔でプリンを食べているし。…え!?ちょ、あの人デザート先に食べてるよ!子供かよ!!!!!

そしてわたしもそろそろ時間が迫ってきていたので「まあいいか」と食べるのを再会して同僚達の話に加わった。


「さーて!プリン!プリン!」
「うわああ、いいなぁ!何気に仕事来てるのにスイーツ食べれるって最高の贅沢だよね!」
「でしょー!あげないからね」
「学生の時に教室で食べるコンビニプリンとか、何かワクワクしたもんなぁ」
「OLさん…あんた、どんな学生生活送ってたのよ…」
「次デザートある時にまた誘ってあげるよー、OLさんもお弁当無しで私達と定食食べよ?」
「うん…今日は、我慢する…」

それでも物欲しそうにプリンを凝視するわたしに、同僚は何だか身(プリン)の危険まで感じたらしく、サッと隠す様にプリン様を避けた。
それに小さく舌打ちをしながらも空になったお弁当箱を片付けていく。ちくしょー…いいもんね。別にいいもんね。もう子供じゃないんだからプリン一つで駄々捏ねたりしないもんね。あ、いや…待てよ。

「あ、じゃあさぁ。その蓋についてるところだけでも…舐め、」
「お前!女のプライド何処落としてきたああああ!」
「いいじゃん!!!!蓋じゃん!どうせ捨てるじゃん!蓋についてしまったが為に捨てられるプリンの気持ち考えたらわたし女神じゃん!!!!」
「ストップ!OLさん!それは流石にやばい!私のあげるから…」

ここがおんもだと言う事も忘れてギャンギャンとプリンの蓋を奪おうとするわたしを止める同僚。この時わたしは目の前のプリンの魔力によって自我を忘れていたと思う。
手を伸ばして、同僚の手の中にあるその蓋を取ろうとした時だった。

目の前にコトンと置かれた、未開封のプリン。
そして、首筋を撫でた布の感触。


「っ!」
「え、さ、斎…え!?」
「え、え…?」


「プリンが現れた!!」と叫んだわたしとは対照的に、同僚達は目を見開いてわたしの後方を凝視して固まっていた。状況が理解出来ていないのはわたしだけの様で、どうやら周りの女子社員の殆どがわたしの後ろへと視線を投げて居た。
取り合えずプリンから目を離し、ゆっくりと後ろを振り返ると、


「OLさん、これでいいのか」
「さ、斎藤さん」


プリンをテーブルに置く為に腕を伸ばしたままの斎藤さんが、少し頬を染めつつもわたしを見下ろしていた。首筋に触れたのは、彼のピンをしていないネクタイだったらしい。

「俺はもう腹が一杯故、代わりに食して欲しいのだが…」
「やった!え…本当に?わたしが貰ってもいいんですか!?」
「ああ、あんたが珍しくここに居たのでな。新八の胃袋に入るよりずっと良い」
「斎藤さん…っ、一生着いていきますよ…っ!」
「い、一生っ…!?」
「わーい!ご好意に甘えて……いざ!」

未だ固まったままの同僚と、大喜びのわたしと、静まり返った食堂内に永倉さんの「いらねぇなら俺にくれよぉおお!」の声と、沖田さんのバカ笑いが響き渡った。

「うう、おいしいです…」
「そうか。それはよかったな、」
「はい、ありがとうございます。斎藤さん」
「また…プリンが付いて来たら、OLさん…あんたに、その…」
「ああああ!!もうこんな時間!湯のみ洗わなきゃ!」

小さな声で何か言いかけた斎藤さんを遮る様に声を上げると、急いでプリンを口に流し込んだわたし。それを同僚と同じく口を開けてみていた斎藤さんは「ご馳走様でした!!!」とプリンを食べ切り、お弁当箱を引っ掴んで席を立ったわたしを最後まで見ていた。


「では!わたしはこれで!」
「あ、ああ…焦って転ばぬ様気をつけろ…」
「はい!」


あああ、斎藤さん。ちょう優しい。大好き。
今日一番の笑顔をお返しに、わたしは足取りも軽く食堂を出た。同僚達は未だ真っ白だったけど、まぁよしとしようか。

たまには、社員食堂もいいかもしれない!





餌付けとも言う

(あっははは!はじめ君傑作だったよ!あの顔!)
(煩いぞ総司。あんたはさっさと食え。昼休みが終わる)
(あのプリン大好きはじめ君がなぁー)
(そうだよなぁ。土方さんの次に斎藤があのプリン好きだったじゃねぇか)
(べ、別に…食うも食わぬも、俺の勝手だろうっ!)
(藤堂も原田も…いいじゃねぇか。みょうじもあんだけ喜んでたんだ)
(まああの笑顔だもんなぁ。プリンの一つや二つ惜しくねぇってもんだ!な、斎藤!)
(黙れっ!)


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