「あー、面接後のビールうまぁ〜…」

どうもクズです。
そこそこの高校入って、そこそこの大学入ってそこそこの成績で何とか卒業出来るらしいわたしは、何を血迷ったかそこそこどころかこの辺りで結構な大手の会社の面接へたった今行ってきたところです。
最初、就職第一候補先を伝えた時の先生の反応…やばかった。「え…ちょ、お前、マジで?」ってのが顔面中に書いてあった上に、ブワッって一気に冷や汗を滲ませたのがわたしには見えたんだ。いいじゃん別に。そこそこの成績だからって大手会社に就職しちゃいけない法律なんてないんだから。

わたしは絶賛就職活動、略して就活中!
就活と言えば、スーツぴっちり、髪の毛バッチリ黒髪靡かせて爽やかフェイスで、日々の疲れを表に出すのは帰宅する電車の中だけ!とか思われがちなんだけど実際はこうだ。
わたしが何社か受けた面接ハシゴは午前中に終り、今は昼下がりな束の間の休息。
予定はと言うと、今から大学行って先生に報告してただ家に帰るってだけなんだけど…どうにもわたしはプラン通りに行動すると言う事を知らないらしい。

大きな公園のベンチに座り缶ビールを片手にぼーっと空を仰いでる。

「あー…あの会社ホントに社長のキャラがよかったなぁ。ちゃんと面接官として会場に居たし…いいなぁ。あんな会社に勤めたら毎日楽しそうだよなぁ…」

ぶつぶつと最近増えた独り言を吐きながらまた一口ビールを煽る。

あの会社はわたしの第一志望だった。
最初パンフレットを見た時は、おいふざけてんのか?と正直思った。だって他の会社のお堅いパンフとはまったく違い「仕事を忘れて〜」のキャッチフレーズが乱舞する社内説明。人並みに就活していたわたしはここ最近までずっとスれていて…更に友人から「お前第一志望の面接終わるまで禁酒しろ」なんて言われていたから、アルコール切れでイライラしていた。売り言葉に買い言葉みたいな感じで「やってやらぁあっ!見とけよ!」とか言わなきゃ良かったと泣いたのは、禁酒一日目の夜の事だった。

「でも、まぁ。うん。やれる事はやったしね…、あー美味い」

ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ数週間ぶりのビールは何とも言えない味がした。

って言うか若干…いや、通行人から凄い見られてる気がするけどそこはまぁご愛嬌。
別に昼間からスーツでビール飲んでてもいいでしょ。これが既に社会人だったらありえないけど、わたしまだしがない就活生ですし…。
時間は丁度昼休みらしく、わたしの先輩らしきOLさんやサラリーマンの方々がチラチラと視線を寄越す中、それらを気にせず足を組んで再び空を仰いだ。

「社会人って、どんな感じなんだろうなぁ…」

震えるほどでは無いけれど、まだまだ寒い季節。「受けがいいよ」と言われ、元より持っていたパンツスーツを手離しスカートに新調したわたしのむき出しの足を撫でていく風。

就活するにあたって苦手なストッキングだって文句言わず履いた、髪だって2万出して染めた髪を黒くしたし、お化粧だってナチュラルメイクにした。これで駄目だったらまた振り出しだ…。でも、まぁもし駄目だったらバイトでもいいんだけどねぇ。親が泣くかな…。


ドサドサ


「…?」

遠くから聞こえる雑踏とチュンチュンと雀のさえずる音と、クルッポーなんて鳩の暢気な鳴き声しか聞こえてこなかったこの公園内に何だか重そうな音が落ちた気がして視線を戻してみる。
公園内を彷徨った視線が捉えたのは、やっぱり丸々太った鳩と通り抜け程度に公園を突っ切る社会人らしき人達が数人。音の発信源はどこだと首を傾げ空になったビール缶をベンチに置いた時だった。

うわ。ビックリした。いつの間に…。

フと隣りのベンチに視線を投げると、そこには上から下まで黒いスーツで身を包んだ男の人が居た。

「………?」

おい。あれ寝てないか?
丁度わたしの座っていたベンチから少し離れた場所にあるもう一つのベンチにぐったりと座る男の人の足元には先程の音の正体だろう、重そうな鞄とそこから滑り落ちたらしい書類の束。
がっくりと首を落としているその人の顔は、長い前髪で隠れて見えないけれど散らばった書類や鞄を拾おうとしないって事は多分……寝てる。

「…か、何かに絶望して動けないかのどっちかだな、」

やだ。後者だった場合わたし関わりたくない。だってあれ今わたしが思いを馳せていた社会人の姿でしょ…?もしあれで起きていたりしたら、わたし何て言って声を掛けたらいいのか分からないよ!?
取り合えず、いつまで経っても顔を上げないその男の人を見て溜め息を一つ。
まぁ今日はビールも飲めたし気分がいいから、人助けよOLさん。
缶ビール一本程度じゃ赤くもならない頬をパチンと叩いて立ち上がると、荷物を持ってそちらへ歩いて行く。ちゃんと間にあったゴミ箱(缶専用)に空き缶を投げ入れると、取り合えず砂にめり込んでいる重そうな書類の束を拾いに掛かった。

「うへ…何が書いてあるのかわかんない、」

何やらごちゃごちゃと文字ばかり書かれているそれをなるべく見ない様に掬い上げると、ベンチでトントンと揃えるの繰り返し。黒いビジネス鞄にも沢山砂がついてしまっていたからそれを軽く払うと、わたしはここでやっと男の人の顔を拝見する。

「うわ、綺麗な男の人ー」

案の定瞼は落ちていて、長い睫毛が前髪とぶつかって呼吸をする度にフワフワと遊ばれている。ネクタイからスーツ、靴に至るまできっちりと乱れ一つないその人はベンチに座ったまま静かな寝息を繰り返していた。

ふぅん。こんなイケメンわたしの周りにも居ないわ。って言うかイケメンでも公園で寝たりするんだね。まぁ今日は寒いと言ってもこうして陽があたっていればそこそこに暖かいもんね…うん、分かる気がするよその気持ち。

そんな昼下がりの公園でビールを煽っていた自分とは逆に、公園で昼寝(はぁと)なんて可愛い事をしているこのイケメンさんをマジマジ見てやったところで、わたしはもう一つ溜め息をつくと「よっこいしょ」なんてオバサン丸出しで立ち上がる。
取り合えず鞄は彼の隣りに置いておこう。こんなに気持ちの良さそうな顔して眠ってるんだ。起こすのはヤボってもんよね。
わたしはさっさと大学へ戻って先生に報告をして、仲間と飲みに繰り出すとでもしようか。
グッと伸びをして再び空を仰いだ時……突然眼下にあった黒がのそりと動いた。


「……は?」
「……あ、」

どうやら独り言がでかかったのかパチリと開いてしまった目。
細められたままゆっくりとわたしの足から昇ってきた視線が合致した時、わたしは思わず「やばい」と思ってしまった。

だって、この人。

「…あんた、は?」

やっぱり。

「あの、何食べて育ったんですか?」
「は?」

超が付くほどのイケメンだ!!!

うおおおおい、なんだこれーー!なんだこの人ー!ちょっと寝起き感拭えてないけどすっげぇカッコいいじゃん。芸能人並みじゃん。
頭にクエスチョンマークを一杯飛ばしている男の人を、突然の発言でポカン顔させた後我に返ったわたしは、取り合えずどもりながらもことの経緯を説明してみた。怪しいなんて思われたくない。良い事したのに不審者扱いはごめんだ。


「そうか…それはすまなかった。世話を掛けた」
「あーいいですいいです。どうせわたしもボーっと暇潰してた人間なんで」
「少し休息を取るつもりが…そうか。寝てしまっていたのか、」
「今日は日差しが暖かいですからねぇ、仕方ないですよ」

わたしは立ったまま、彼はベンチに腰掛けたまま少しの会話の後徐に腕時計を見た彼が「しまった…」と苦い顔をしたのを見た。
ああ、やっぱり社会人って大変なんだろうなぁ。だって公園で寝ちゃう位に疲れるって事でしょう?大学でも暇さえあれば様々な場所で昼寝ぶっこいてたわたしに勤まる気がしない。

「引きとめて悪かった……、あんたの身形からして、就職活動生か…?」
「あ、はい。今面接終わってちょっと公園で一杯やってたところです」
「一杯…とは、」
「あ、いやいや。なんでもないです、忘れてください」

おっと危ない。わたしイケメンになんて事暴露してんだ。就活生だっつってんでしょ!公園で一杯やるわけないじゃん!
少し不審な顔をしイケメンさんだったけど「ああ、」と返事をした後ゆっくりと立ち上がり、わたしが置いておいた鞄を手に取る。きっとあれだけの書類が入っているんだから重いんだろうそれを軽々と手にした彼は、以外にも小柄だった。でもそれがまた魅力的だとすら思う位綺麗だ。背筋もぴんと伸びて、真っ直ぐ前を向き…無表情だけど、その目は曇り一つない。

「今日は何処を受けたのだ、気に入る会社はあったか?」
「あ、はい…あそこに見える一番大きな会社です」
「………、」
「あそこ凄く魅力的で。働くならあんな会社がいいなぁってずっと思ってて」
「…そうか、」

指をさして先程行ってきた会社の事を教えると、少し驚いた様に目を見開いた後何だか嬉しそうに笑ったイケメンさん。
あ、やば。笑うともっとやばい。

「受かると、いいな」
「まぁ、ちょっと自信は無いですけど…でもやれる事はやったんで」
「…あんたが居たら、社内も明るくなりそうだ」
「そうですか?えへへ、お世辞でも嬉しいです。それに何だか貴方にそう言って貰えると自信が沸いてきますね!なんでだろう」
「…あいにく、俺は世辞が苦手だ」
「…あ、う。はい、ありがとうございます…」

再び優しい顔で笑いかけてくれたイケメンさん。
その言葉と表情にノックアウトされかかっていたわたしの顔も真っ赤だ。まったくこれが天然と言うヤツか…。す、末恐ろしい…。

「では、俺はこれで」
「あ、こちらこそありがとうございました!」

ずっと歩き続けた足はハイヒールにしっかりと納まって、わたしをここまで導いてくれた。
最初は痛い痛いと靴擦れだらけで文句ばかり言っていたわたしだけど、それでも止まらずこうしてまた一歩を踏み出そうと地に着いている。そしてそれは今。
この人の言葉でやっと力を抜き、わたしをまた高みに導こうと地を踏み締める。

こんな人と同じ会社だったらもっともっと楽しい毎日になるだろう。あの会社にもこんな素敵な人が居たらいいな。

ペコリと頭を下げたわたしを見て、もう一度微笑んでくれたイケメンさんは「そうだ」と一つ思い出した様にスーツのポケットを探り、わたしに向けてその何かを掴んだらしい手を真っ直ぐと差し出した。

「なんですか?」
「……楽しみにしている、」
「へ?」

その意味深な言葉と共に、皿にしたわたしの手の平へ落ちてきたのは一つの飴玉だった。
それに驚いて顔を上げた時には既にイケメンさんの姿は後ろ姿で。公園の入り口に向って凛と背筋を伸ばし少し足早に歩いて行く。

やっぱり、社会人は大変だ…。


「よくわかんないけど、ラッキー」


彼らしい薄荷の飴を空に翳しながら笑うと、自分も入り口へ歩き出す。
今日は大人しく家で飲もうか。何だか静かに過ごしたい気分になった。社会人になるんだから少しは落ち着かないとねぇ…あの人みたいに。

スーツのポケットへ入れた飴に嬉しくなって、ムフ、と一つ気持ち悪い笑いを溢すと軽くなった足でまた一歩踏み出した。


「あーっ、ビール飲みたいっ!!!」


そう零して見上げた太陽が何だか笑っている様に見えた。





episode:ゼロ

(ねぇ、OLさん)
(なに母さん?)
(あんた今日クリーニングから帰って来たスーツのポケットからどっろどろの飴出てきたわよ)
(げぇっ!?)
(明日から独り暮らしでしょう!?酒ばっか飲んでないでしっかりしなさいっ!)
(げぇええっ!!!)


あとがき→


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