「いらっしゃいませー」

今日は面談があるからって授業は午前中のみだったから、空き教室でだらだら話してたんだけど、やってきた土方先生に「お前等部活ねぇからって教室で屯ってんじゃねぇよ!」とか怒鳴られちゃったから仕方なく学校を後にした僕達。
取り合えず駅前まで皆でダラダラ歩いてきたんだけど、そこで平助くんが突然「漫喫寄ってかねぇ?」とか頭の悪い事言い出してさ。僕はヤダって言ったんだけど…。

「わぁあ!わたし初めて来た!漫画がいっぱいある!」
「おいおいなまえ!お前今時漫喫も行った事ねえのかよっ!よっしゃ!んじゃあオレが漫喫の作法を伝授してやるよっ!」
「きゃあ!平助頼もしいぃいい!」
「平助、俺もこの様な場所は初めて入るのだが…その作法なる物があるのか、」
「はじめ君も俺の言うとおりにしとけば問題無いってっ!」
「……………、」

馬鹿が三人。カウンター前で何やら始めてるよ。ほら、カウンターの店員が苦笑いじゃない。
イヤだって言っていた僕がどうしてここに居るのかと言うとなまえちゃんが「行きたいっ!」って言ったから。
平助とはじめ君と僕、そしてなまえちゃん。いつもの遊ぶメンバーなんだけれど、ここだけの話、僕はなまえちゃんのことが好きなんだ…と思う。
いつも馬鹿やって、土方先生からかって、永倉先生泣かせて、わいわいやってる僕達だけど、この空気を居心地が良いなんて感じ始めたら落ちるのは簡単だった。土方先生の作ったテストくらい簡単だったよ。

「ねえ総司!総司はいいの?作法知ってる?」
「あー…うん、って言うか作法とか、それ本気で言ってる?」
「え?だって作法を守らないと店から摘み出されるシステムなんでしょう?漫画喫茶、深いねぇ」
「そう。だったら早くあの邪魔な二人を摘み出してくれないかな」
「んー?」

平助が律儀にカードの作り方をはじめ君に教えている間に、僕の隣りでカード申請の手続きをしているなまえちゃん。そんな彼女の横顔をカウンターに凭れ掛かりながら見ていた僕は、この苦手な空気に早速溜め息を付いていた。
漫画喫茶だってここのお店のカード持ってるし、こうして皆と来るのは悪くない。でも、やっぱり僕はただ揃って漫画を読むだけの空間なんてつまらないと思うんだよね。だって僕が自分からここに来るのだって、本当に暇の潰し方に困った時だ。
だからこそ、こんなんだったらファミレスにでも言って何か食べながら喋っている方がまだ面白いと、そう思ってしまった。

だってさ。ねえ、そうすればもっと君と話せるでしょ?

「では、四名様。個室890へどうぞー、ドリンクバーはあちらにございます」
「よっしゃ行くぞぉお!オレに着いて来いっ!」
「はいっ!漫喫の神様!」
「総司、どうした…?」
「ううん。なんでもない、さ。行こうはじめ君」

制服のままぞろぞろとプレートに書かれた部屋番号を探す。
一人だといつも小さな個室だから、大部屋は初めて。個室とは言っても所詮ハリボテの空間は勿論騒げないし漫画を読むしか術がない。

「な、何だか…斬新な趣きの場所だな、」
「えー?オレ、ソファとかよりこういう寝転がれる部屋のが好きだぜ?」
「あ、クッションがあるー!」
「えー、靴脱がなきゃじゃない…」

文句たらたらな僕に笑いながら平助君が「まあまあ、帰る頃にはぜってぇ来て良かったって思うって!」とか言うから、仕方なく靴を脱ぎ変な座り心地のマットに上がる。辺りはキーボードを打つ音と、紙を捲る音、そしてたまに聞こえる内緒話。なんでわざわざ話す相手が居るのに、お互いに漫画なんて読むんだろう。
僕は誰かと居るなら話したいから、それが兎に角理解できなかった。それにほら、僕の隣りには何故か正座しているなまえちゃんが居るんだよ。今日だって大切な一日だ。いつ地球が終わるとかそんなモノは信じてないけど、今話せる機会があるなら沢山話をしたい。
うわ…はじめ君も正座してるよ。何教えたの平助くん。

「オレドリンク取ってくる!はじめ君も何がいい?取ってきてやるよ!」
「俺は…」
「あー平助くん、僕アイスコーヒーね」
「総司も来いよっ!」
「えー、やだよ」
「あ、じゃあわたしが」
「え」
「ふーん、女の子にドリンク運びさせるんだなー、総司の奴はー」
「…………わかった、行くよ。なまえちゃん何がいい?」

重い腰を持ち上げて小声で聞くと、なまえちゃんはやっぱりモジモジしながら小さな声で「ココア」と言った。女の子ってココア好きだよね。いつもクラスの女子が飲んでるもん。でもなまえちゃんが言うと格別に可愛い気がする。
その考えが顔に出ないように「分かった」と一つ返事をすると、やっぱりモジモジしているはじめ君を置いて個室を出る。平助くんはもうジャブジャブと自分のドリンク(カルピス+メロンソーダ)を作って遊んでるし…。あーあ。早く帰りたいなぁ。


「…………………」

それからお互いに読みたい本を吟味した後適当に各自読み漁る。
取り合えずお勧めコーナーから読んだこと無い漫画を持って来たけど、ぶっちゃけると全然面白くない。何でお勧めコーナーにあるのに面白くないんだろう。なんて考えながらアイスコーヒーを取ろうと顔を上げた時。
いつも教室で馬鹿笑いしている皆が(はじめ君は別)黙って一生懸命漫画を読んでるのに違和感を覚える。

「ねぇなまえちゃん、何読んでるの?」
「うんとね、アカギ」
「…そう、渋いね」
「だって見てこれ、この牌配でアカギはどうしてこの五萬を切れるの?わたしだったら河に少ない萬子を切らずに取っておくよ、それで上手くこの嵌張が入ればそこで萬子の三面待ちになって、」
「………………え、うん、ごめんさっぱり分かんないや」

何だか楽しんじゃってるなぁ。
黙々と漫画を読んでる平助くんは既に寝転がってるし、はじめ君に関しては来た時からずっとあの正座のまま、漫画喫茶って言ってるのに読んでるのは新書だし…隣りには熱いお茶が置かれている。はじめ君って実は高校生の皮を被ったおじさんじゃないの。うわぁ…良く見たら平助くんが飲んでるのってあれわかめスープじゃない。

再び何か頷きながら麻雀漫画を読み始めちゃったなまえちゃんをちらりと見た後、静かに個室を後にする。
どうしようかな。別に読みたい物がある訳でも無いし…このまま帰っちゃおうか。

ねぇ、なまえちゃん。僕はね。


「…例え何処でだって…君と話していたんだよ、」


ぽつりと僕が呟いた言葉は、彼女に届く事無く、隣りから聞こえるキーボードの音に寄って簡単に掻き消されてしまった。

ああ、やだな。別にカラオケやゲームセンターでも僕は良かったんだ。
この静寂を守るシステムじゃなかったらそれこそ何処でも。あんな漫画に夢中じゃお喋り所か、目だって合わないじゃない。

何だか自分でもどんどん不機嫌になってきているのが分かる。狭い通路は左を向いても右を向いても本ばっかで、勿論人の話す声なんて聞こえてこないし、たまに擦れ違う人に見られても、僕はぼーっと何も無い床を睨んで立っていた。
つくづくこういう場所は向いていないんだと思っても、思うだけ。
ここで「つまんないから帰る」なんて言ったらそれこそ空気を悪くするでしょ?別にあの二人に思われたところでどうってこと無いし、分かってくれてると思うんだけど。
なまえちゃんにそう思われるのはやだ。絶対に嫌なんだ。

「総司?」

あー、もう。
いっそ平助くん嗾けてはじめ君と言い合いにでもなったらお店の人が二人だけ摘み出してくれないかな。

「おーい、総司くーん」

駄目だ。絶対に僕達も追い出される。

「ねえ、総司ったら」
「何?僕今、」
「あ、ごめん…、いや、本棚見ないで床見てたからどうしたのかなーって…」

全然気付かなかったのは、きっといつもより押さえた声の所為だ。
睨むように顔を上げた僕の視界に飛び込んできたのは、読み終わったのか数冊の漫画本を抱えたなまえちゃんだった。

慌てて表情を戻すも、目の前の瞳には困惑したような色が滲んでいる。
しまった。

「総司…体調悪い?」
「そういう訳じゃないよ」
「…じゃあ、どうしてそんな焦った顔してるの?」
「………わからないんだ」
「…うーん、」

僕の目の前で首を傾げて心配そうに見上げてくるなまえちゃんに、何だか少しだけイラっとした。
教室を追い出した土方先生にもむかついたし、ここに入ろうって言った平助くんにもむかついた、まんまとハマっちゃってるはじめ君も、僕がこんないっぱい考えてるのに、それに気付かないなまえちゃんにも…

…違う。

「そうじゃない…僕は、」
「総司…?」
「ねえ、なまえちゃん、」
「え?わわ、」

通路に誰も居ない事を確認…なんてしてないけど身体が動いちゃって、いつの間にか僕は慌てるなまえちゃんを自分の腕に閉じ込めてた。
いつもは微かに感じているだけのいい匂いが急激に僕の肺に取り込まれて、何だか呼吸が苦しい。
恋するってこういう事なのかな。前はあんなに馬鹿にしてた恋愛って物に、僕がこんなにもハマるなんて可笑しな話だよね。

でも、漫画を読むよりこうしてた方がずっと楽しいじゃない。

バラバラと床に落ちた漫画が僕のスニーカーにぶつかって沈黙した。再び辺りに戻るのは静かな空間。

「総司…?」
「うん、」
「あ、もしかして…」
「うん、」
「総司、漫喫…」

うん。好きじゃない。
君と居るのに、こんな静かな空間で黙って本を読むのなんて勿体無いでしょ。
でもそんな事を考えているなんて自分からは言えないから、気付いて貰えると助か……、

「寝転がれないのが嫌だとか?」

「は?」
「いいじゃん、平助もだらーっとしてるよ?総司もキャラとか気にせずにダラけちゃえばいいのに」
「…そうじゃなくて、」

突然突拍子も無い事を言い出したなまえちゃんは、僕に抱き締められてるとかそう言う事を微塵も考えてなさそうな顔でそんな事を言い出した。
僕は僕で、こうしてしまった手前どんな顔をして今までの空気を取り戻せばいいのか分からなくなっちゃって押し黙る。
その間にも、なまえちゃんはニコニコと笑って、自分が今まで読んでいたアカギを押し付けてくる。「凄く面白いよ」って。

なんか、段々と今まで色々と考えていた自分が恥ずかしくなってきた。

「ぷ、あっははは…君ってホント、」
「平助やはじめ君とは漫画の趣味合わなさそうだけど、総司とは合いそう!」
「そう。じゃあ、読んでみようかな」
「うん!読み終わったら語ろうよっ!明日にでも!あ、帰ってからメールでも電話でもいいよ」
「ホント?」
「うん!あ、でもネタバレはしないからね!わたしのが先に読み進めちゃってるけど、絶対にネタバレはしないから!」

さっきから百面相ななまえちゃんは、そう言ってやっぱりニコニコ笑ってる。その位置はいつも僕の役目だったのになぁ。ゆっくりと身体を解いてあげると、差し出された漫画を受け取る。

「じゃあ、今日は放課後話せなかった分夜に電話でもしていい?」
「いいよ!いいよ!」
「僕ハマると熱いよ?寝れなくても勿論文句言わないよね」
「な、わたしだって負けないもん、」
「あとさ、ひとつだけ」

しょうがない。今日はこの子の笑顔に免じて大人しくしていよう。

「やっぱりダラけたいから、膝枕してよ」
「え!?」
「いいでしょ」

そして、夜にいっぱい話をしようじゃない。
はじめ君も、平助くんも誰も居ない二人だけの空間で。その勢いで告白でもしてみようかなぁ。君はどんな顔をするのか想像も付かないや。

「行こう、なまえちゃん。漫画重いでしょ?持ってあげる」
「う、うん…っ」


その後、ちゃんと膝枕して貰って平助くんとはじめ君がぎゃーぎゃー言ってたけど店員さんに怒られてて。それを横目で見ながら僕はなまえちゃんの膝を堪能して。
見上げた漫画越しに見たなまえちゃんの顔が真っ赤だったから、店を出る頃には僕の機嫌はすっかり直ってた。


「これ、面白いね」
「でしょう?」


平助くんの言うとおりかもね。たまには悪くない。





お喋りしようよ

(でもその場合だと主人公は一盃口のみの上がりで相手を捲くれないよ?漫画的にはそんなんじゃ面白くも何とも無いよね?)
(総司ー…、もう、眠い、よぉー…)
(駄目。ちゃんと付き合ってよ。君が電話してもいいって言ったんだよ?負けないんじゃなかったの?)
(だってもう深夜三時…、明日学校、)



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