「じゃあ、僕となまえは今日から恋人同士なんだ」
「う、うんっ!」

本当に、このまま倒れてしまうんじゃないかってくらいドキドキしたの。
目の前でにこにこ笑う総司を見てると、子供の頃を思い出して、一時期は何で幼馴染なんて厄介なポジションについてしまったんだろうって落ち込んだりもした。この関係が壊れるのが嫌で、好きでもずっと言えなくて…。中学の時にちょっとだけ総司が反抗期?見たいになっちゃって「学校では話しかけてこないでよ」なんて言われた時には、もうダメだって枕を涙で濡らしたっけ。

同じ学校に進学してからは、学校外だったらまた暖かいお日様みたいな笑顔を向けてくれる様になって、家もわりかし近かったわたし達は、学校帰りに地元で良く顔を合わせては道端に立ってくだらない話しをしていた。
日が暮れて「そろそろ帰ろうか」って総司が言った時、何だか突然寂しくなって、学校でも一杯話したいのに気後れしてしまっている自分も嫌で、震える手で破裂しそうな心臓を制服の上から握って…。次の瞬間にはわたしの口から気持ちが溢れて止らなくなっていた。
総司が好き。いっぱい一緒に居たい。
消入りそうな声はちゃんと彼に届いて、そして受け止めて貰った。

筈だったのに。


「でも学校では今まで通り、話しかけてこないでね、僕も話かけないから。ね、約束」
「え…?」
「じゃあ、よろしくね。なまえ。また明日の放課後」
「え?あ、うん。よろしくーまた明日ー…」

「…の放課後」と続くわたしの声に反応も示さない総司と、ここで手を振ってばいばいした。

最高潮に上がっていたテンションは良く分からないものに飲まれて、総司の背中を見送った後、自分の家に向う間ずっと傾げた首を戻す事が出来なかった。ん?何?それってどういうこと?つまり、え?もしかしなくても、わたしの気後れ無しでも「学校では知らないフリ」は継続していた?でもそれは何で?
次から次へと疑問が出てきて、もう告白の事なんて頭から飛んでいたと思う。

案の定、その日からの総司とのお付き合いは、まるで普段通りだった。
学校ですれ違っても目も合わない。わたしと総司を幼馴染、ましてや恋人だなんて認識している人も誰も居ない。でも、学校が終わると同時にメールが来て落ち合って地元で立ち話。その話しの中身だってなんら変わらない。それが不満だなんて事は思わないけれど、でも、やっぱり寂しかった。

何で、

学校では話しかけちゃいけないんだろう。

「そんなの…変だよ、おかしいよ…総司、」

ベッドの中でぽつりと呟いてみても、当の本人に届く筈も無く、チカチカと点滅しているスマホのメール通知を切って「おやすみ」だけの簡単なメールに返事を書き込んでボタンを押す。
一つの不安を抱えているだけで繋がっているのに繋がっていない様に感じるこの感情は何だろう。わたしじゃ、つりあわない?わたしじゃ恥ずかしい?隣りに居るの嫌?次から次へと言葉は思い浮かぶのに、それを相手に伝える術なんて持ってない。

また、今日も。
泣きながらの寝落ちに身を委ねてしまおう。また明日が来て、学校が終われば逢えるんだから。せめて夢の中で、一日中総司の腕の中に居たい。



「それでさ、沖田君にね、彼女居るんですかって聞いたら、居るわけないじゃないって!」
「嬉しいぃいっ!じゃあ望み薄じゃないって事っ!?」
「よかったじゃん、あんたずっと沖田君の事好きだったもんね」
「うんっ、どうしよう。すごい嬉しいっ」
「昨日もゴミ捨て手伝ってくれたんでしょ?脈アリかもよっ!」
「きゃー!」

あの日、夢の中にはやっぱり総司は出てこなくて、逆にあろう事か学校で話しかけて「約束を守らない子は嫌いだよ」なんて言われてフラれる夢を見た。
朝からゲンナリして学校に行くと、抜き打ちテストはあるわ、出席番号で難しい問題に当てられて答えられないわ、土方先生の授業で寝ちゃって怒られ挙句の果てには放課後に資料室の掃除を言い渡されるわでついていない。

昼休みの現在だってやっと眠い授業から開放されたと思ったらコレだ。
総司とは別のクラスのわたしは、教室内で友達とお弁当を広げていた。すると別のグループの女の子の会話が耳にストンと入ってきて、その内容に動いていた箸を止めていた。

「どうしよう、私、もう好きって言っちゃおうかな、」
「良く二人で話してるじゃん!いけるってっ!」

総司は良くも悪くもああいう性格だ。
好意には好意で返し、悪意には悪意で返す。後者に至っては倍返しで。そんな事はずっと前から知っていたし、きっとわたしの知らない所で恋人とか作ってるんだろうなって思ってた時期もあったくらいだ。彼曰く不機嫌な時は人の居ない所でじっとしているんだって。機嫌のいい時だけ表に出てきて、人に甘えてまるでその様は気紛れ猫みたい。

今だって後ろの子が話す内容に「いいなぁ」なんて思ってるわたしは、一体彼の何なんだろう。恋人の筈なのに、そう思え無い。

わたしは、ゴミ捨てを手伝って貰うどころか、話しかけても貰えない。
前に放課後、総司の教室の前を通ったらクラスの可愛い子と仲良さ気に話している所も目撃してる。夕日差し込む教室でその絵は凄く様になっていて、自分をあの女の子に差し替えても、全然しっくりこなかったり。

想いが通じた筈なのにこんなにも辛いって凄いな。
幼馴染の関係では紡げない事が紡げるようになる、まさに夢の様なモノなのに、その反面学校生活で襲い来る不安は以前より大きくなった。

「なまえ?どうしたの?」と心配する友達の声に「なんでもないよ」と返すので精一杯なわたしは、食欲が無くなった身体をそのままに笑顔を作りお弁当箱に蓋をした。

「今日、放課後…私、告白する」

小さな声で聞こえたその言葉に、心臓が一度音を立てて軋んだ。






「俺は今から風紀委員解散させてくるから、終わったら適当に戸締りして帰っていいからな」
「はい、分かりました」
「もう俺の授業で寝るなんて真似するんじゃねぇぞ」
「う、はあい…」

放課後、案の定総司から「用事があるから帰ったら電話するね」とメールが入っていた。何度も廊下で擦れ違ったのに、結局この連絡事項を受け取るのは鼓膜じゃなくて、この手元の無機物なんだ。お友達たくさん居たもん。しょうがないよ。とただただ自分に言い聞かせて、わたしは土方先生に言い渡されたお手伝いと言う名の罰を受ける為に一階の資料室へときていた。
部活をする生徒の声や、廊下を歩く生徒の声。陽が射すだけで埃が舞っているのが分かるこの室内は、校内のどの場所より静かだった。今日は考えない様にしよう。帰ったら電話を待って、そして安心する為に「好き」を一杯伝えよう。そしてまた泣きながら眠ろう。

授業で使ったらしい資料本を棚に戻して一つ溜め息を付いた時だった。

「………で、…ずっと、私、」
「…それ……じゃない、」

天井まである一つの窓の外から、聞き慣れた声が聞こえてピクリと肩を上げ、わたしは思わず身体を固め立ち尽くした。思わず息を止めてしまった所為で、さっきよりずっと大きく聞こえてくるのは、うちのクラスの総司を好きだと言っていた子の声と、紛れも無い総司の声だ。

本当に、告白しに行ったんだ。凄いなぁ。

まず一番に浮かんだのはこの言葉だった。わたしはずっとうじうじ悩んで、悩んでやっと言えたのに。この資料室の裏は普段人気も無い校舎裏だから核心があった。今わたしの恋人は女の子に告白を受けている。

「沖田君、優しいし…。私実は、ずっと前からね、」
「うん」
「ずっと前から、その…」

そっと窓辺へ移動するとカーテンの端を掴んで身を隠す。換気の為にと少しだけ開けていた窓の外からは、今でも心地いい風が吹き込んで辺りの埃を浮かせ日差しに照らされたソレがキラキラとわたしの視界で踊ってるけど、その幻想的な空間と自分の今置かれている状況がミスマッチ過ぎて、その場にスルスルと座り込んでしまった。
聞きたくなんてないのに。知りたくなんて無いのに耳を塞がない自分が辛くて。膝に頭を埋めると、目の前にあったスカートの上にぽたりと一つ雫が落ちてきた。

同時に、聞こえた可愛い声。

「沖田君が…好きです、」

ずる、と鼻を啜るわたしは心の中で学校でも話せる彼女を羨ましいと思っていた。どうしてそれ以上を望むんだろうって。話せるだけでもいいじゃないか。わたしなんてソレすら出来ないんだぞ。実際「付き合ってる」けど、その言葉に縋るしか出来ないわたしは、ただの友人にもなれていないんじゃないだろうか。


「僕はね、」

流れる涙をそのままにじっと蹲っていると、背後から大好きで大好きで二十四時間ずっと聞いて居たくなる様な声が聞こえてくる。なぞる様に、いつもゆっくり話す総司だけど、その声は力強くわたしが耳を済ませなくても十分室内に広がるくらい大きかった。

「結構嫉妬深いし、好きになったらずっと一緒に居たいし、ひと時だって離れて居たくない性質なんだ」
「は、はい…っ」

やっぱりそうだったんだ。
わたしと一緒に居てくれないのは、好きになって居ない証拠だったんだ。

「逢えば直ぐ閉じ込めたくなるし、誰にも見せたくないし、目の前に好きな子が居たりすると上手く話せなくなっちゃうし、」
「そ、そうなんだ…、」

へぇ。
意外、だなぁ。ずっと見てたのに、全然知らなかったや。

「僕はずっと死ぬまでこんなんだからさ。一緒に居ると嫌でもその子が目立っちゃうでしょう?そんな事になったら、ほら、いつどこでどんな虫が付くかも分からない」
「わ、私は全然そんな事気にしな、」
「だから学校ですれ違っても声掛けられないし、辛い思いさせちゃうんじゃないかってずっと思ってて、」
「え…っと、沖田君?」

何。
待って、

「それなのに、自分から告白する勇気も無くて、きっとすごい不安にさせてると思うんだ、話しかけて貰えないから嫌われてるんじゃないのかってね…」
「待ってよ沖田君っ、さっきから何の話を…して、」

それって、



「ねえ、なまえ。君は、そんな風に感じたりしてる?」



泣き顔のまま思い切りカーテンをどけて窓を開けると、目の前の女の子じゃなくて、少し上を向きわたしを見上げている総司が居て。
「もしそうだとしたら誤解だよ」なんて言われてしまえば、わたしの頬はもっともっと涙で濡れていく。
「訳分かんないっ!」と顔を真っ赤にしたクラスメイトはそのままわたしと総司から逃げるように走り去っていく。その姿を目で追う事もしない総司は、一歩また一歩とわたしに近付き、両手を広げて「遅くなったね、一緒に帰ろうか」といつも通りにっこり笑ってくれた。

「嫌われてるかと、おも…っ、」
「やっぱり?僕もね、ちょっと動揺してて、こういうのなんて言うのかな…」
「は、恥ずかしかったとか?照れてたとか…?」

総司の手を取って、真っ赤な目をそのままに首をかしげてみると少しの沈黙の後「うーん、」と唸った彼をじっと見下ろす。その姿が何だか可愛くて、格好良くてわたしは窓辺に掛けてあった鞄を掴むと、窓の縁に足をかけ

窓を飛び越え総司に飛びついた。


「ちょっと、君仮にも女の子でしょ…」
「いいの、今は受け止めて欲しかったの」

ちゃんと受け止めてくれた総司は、わたしの言葉に「じゃあちゃんと出来たね、僕」と笑って見せると、そのままぎゅうと抱き締めてくれた。

「さっきの答え、正解かもしれないや」
「え?」
「多分照れてたんじゃないかなぁ、ほら良く言うでしょ?本当に好き過ぎると顔も見れないって」


少し困った様に笑った総司は、ぽかんと口を開けているわたしの頬に唇を当てて「今ちゃんと受け止めてあげたから、明日からはこれ以上に僕を受け止めてよね、なまえ」と、学校の中で甘い言葉を投げてくれた。

「改めてよしくね。さっき言った事本当だから。嫉妬深いし、ずっとくっ付いて離れないよ。イヤだって言われてももう逃げられない。それでもいい?」
「望むところですっ!」
「あっははは、言ったね。頼もしいや」


手を繋いで歩き出したわたし達は、この日、
やっと本当の恋人になれたみたいです。






放課後カレシ


(あ、でも…あの子よかったのかな…)
(うん、もうこうでもしなきゃ、僕は一歩踏み出せないと思ったからね。資料室に君が居るのも知ってたし。あの場所指定したの僕だし)
(うわぁ…、嬉しいけど、複雑…。ちょっと酷くない?)
(そんな酷い奴を飽きもせずずっと見ていたのは誰?)
(わたし…だ、)
(でしょう)



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