俺があんたに惚れていたのは一体いつからだっただろう。




出会いは三ヶ月前。

父親の仕事の都合で、小学生の頃から全国を転々としていた俺は、この薄桜高校にもそれと同じ理由で三ヶ月前に転校してきた。

どうせまたすぐに転校してしまうということが分かりきっていた俺は、中学生くらいの頃から、新しい学校で友人を作ろうとすることはしないようになっていた。

それはこの学校に来てからも同じで、はじめのほうこそ転校生というものに興味津々でおせっかいなやつらが俺にあれこれと世話を焼いてこようとしていたが、それをよしとしない態度を俺が取り続けていれば、クラスのやつらは次第に俺に近づかないようになっていた。

人と関わらないことが辛いという気持ちはまったくなく、俺はどこの学校でも休み時間には自分の席で本を読んでいた。

なにも変わらない。これが俺の日常。



そのはずだった。



あんたと初めて話したあのときまでは。













「斎藤くん!なに読んでるの?」




いつものように教室の自分の席で本を広げている俺に話しかけて来た一人の女子。

確か、こいつもクラスメイトだ。名前は……思い出せないが多分そのはずだ。




「……夏目漱石の『こころ』」

「あー、それ知ってる!授業で昔やったことある!面白いの?」

「授業で取り扱ったことがあるのではなかったのか」

「そんなの一部だもん!読んだことないに等しいよ!で、面白いの?」

「面白いからこそ現代まで残っているのだろう」

「そっか!言われてみればそうだよね!じゃあ私も今度図書室で借りてみようかな!」




俺に、何を読んでいるのか、などとありきたりな質問をしてきたその女子は、俺の返答を聞いてケタケタと陽気に笑った。



そのときこそ、早くあっちへ行けなどと鬱陶しく思ったりしていたものだったが、その日からその女子は毎日のように俺に絡んでくるようになっていて。



「おい、みょうじ」



気が付けばそいつのことを苗字で呼ぶまでに親しくなってしまっていた。

こんなことは中学以来初めてだった。

いつもならばクラスメイトに用事があるときも『あんた』などと、人代名詞でしか人を呼ばない俺が、この女子のことを苗字で呼ぶようになったことが自分でも信じられない。

けれど、信じられないような変化はそれだけではなかった。俺は苗字でそいつを呼ぶようになったどころか、そいつと毎日のようにお昼や放課後の時間をともにするようになっていたのだ。




「斎藤くん、お昼食べよう!あ、今日は卵焼き入ってる!交換ね、交換!」

「あ、おい」

「私からのおかずは、なまえさん特製唐揚げだよ!おいしいんだから!」



そう言ってみょうじは、勝手に俺の卵焼きと自分の唐揚げを交換する。

そして、おかずを交換した後すぐに俺の卵焼きを口に放り込んだみょうじは、少し首を傾げて俺のほうを見た。



「あれ?今日の卵焼き、いつもより甘い気がする」

「そうだろうか」



そうだろうか、と言いながらも、それが気のせいでないことは俺が一番よく知っていた。

いつだったか、あんたが初めて俺の卵焼きを食べたときに、『私は卵焼きは甘いほうが好きだなあ』などと言っていたからというのが理由だということは知られたくはない。

俺のおかずを勝手に食べたのはみょうじなのだし、何も俺がみょうじの好みに合わせる必要がないことは分かっていたのだが、気が付いたときには手が勝手に溶き卵の中に砂糖を入れていたのだ。

そのことを悟られまいと、俺はみょうじから少し視線を逸らし、自分の弁当箱に置かれたみょうじの唐揚げを一口で口に放り込む。

すれば、今度は俺がみょうじに一つの疑問を抱く番だった。




「この唐揚げ…前回よりも薄味になったような気がするのだが」

「そう?気のせいじゃない?」



そう言ってさっきの俺とまったく同じ反応で視線を逸らしたみょうじを見ると、"あぁ、同じなのか"と何故だか小さく笑ってしまっていた。

この前、みょうじの唐揚げを食べて感想を求められた時に、『俺は薄味のほうが好みだ』と言ったことが関係しているのだろう。



すれば、みょうじは俺が小さく笑ったのを見て、頬を少し染めながら「何がおかしいの」と俺のことを睨んで来る。

そんなみょうじを見るとどうしてだか心がじんわり暖かくなるような気持ちになっていて…

自分のそんな気持ちの正体にも、既にこの頃から薄々勘付いていたのだと思う。




自分でも未だに信じられないが、この気持ちはきっと…




『恋』というものなのだろうと。









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