「いらっしゃいませ」
実家は田舎だったが、コンビニは辛うじてあった。(一番近いとこでもチャリで30分かかるけど・・・)
初めてアルバイトをしたのもそこのコンビニ。
経験はあるので、上京してきて初めてのアルバイトもコンビニと決めていた。
「ありがとうございました」
慣れた手つきでお釣りを渡すと、「まだ一週間なのにやっぱり経験者は違うわね〜」と女性店長が嬉しそうにうなづいた。
接客業とはいえ、飲食店やアパレルなどとは違いお客さんと会話をすることも少なく、今の私にはぴったりのバイトだった。
「でもね〜黙々と仕事してくれるのはすごく助かるんだけど、もっとみんなとコミュニケーションをとってほしいの」
確かに私は、同じバイトの子と必要最低限の会話しかしない。もちろん、人見知りだとかそういう理由よりも大事な理由がある。
上京してまだ2ヵ月。全くとれない訛りに、学校で笑われた。正直コンプレックスになりつつある。
(あっちさ居だ時は、自分が訛ってるって思わねがった・・・)
「ほら、今度の歓迎会、みんな楽しみにしてるんだから!」
「・・・はぁ」
結構みんな仲が良くって、正直入り込む隙もない。
何よりまた笑われるかもしれないから、あんまり喋らないようにしようって決めていた。
(だって、絶対みんな東京の子だもん)


そう決めてから、3日と待たずに方言を暴露する事になるとは思わなかった。
その日は中番で、夕方お客さんもまばらな中、帰宅ラッシュに備えて品出しをしている最中で。
「いらっしゃいませ」
入口の自動ドアが開く音がして、反射的に出た言葉。
入ってきた人を見ていなかったが、レジの中に居たスタッフから黄色い声援が飛んでいた。
何事かとレジの方へまわってみれば、紺色のスーツをまとった背中美人がそこに居た。
(誰だべ?)
「店長はおられるか」
「すぐ呼んできますねー!」
いつもツンツンしているあの子がこんな風に笑うなんて思わなかった。
「あら斎藤さん!お疲れ様です」
「斎藤さん」と呼ばれた彼は、店長と一緒にスタッフルームへ消えていった。

少し気になって、レジの子に思いきって声をかける。
「あの、今の・・・」
「ん?ああ、斎藤さんっていって、エリアマネージャーなんだよね。てかさ、まじかっこいいよねー!
来るの分かってたらもっと気合い入れてメイクしたのに―!」
「ふうん」
私が気の無い返事をすると、彼女は「あのかっこよさが分からないなんて!」といつものツンツンモードに戻ってしまった。
別にかっこよさを否定したわけではないし、興味がないと言ったらウソになる。
スタッフルームへ向かう彼の横顔がとてもきれいで、見とれてしまったのも事実。
まだ若そうなのにエリアマネージャーって、相当仕事出来るんだろうなって感心していたくらいだ。


しかしもう2時間・・・未だ打ち合わせが終わらないのか、一向に出てくる気配がない。
もうあと数分で上がる時間なんだけど。
どうしようかなと思っていると「すっと行ってすっと荷物取ってくればいいじゃん。トイレで着替えればいいし」
というツンツン女子のアドバイスに従って(・・・結構優しいかも)、スタッフルームをノックした。


コンコン


「し、失礼します・・・」
きっと真面目な打ち合わせで、真剣モードだろうと思いおそるおそる扉を開けてみると、
「何かあった?」と店長。
「すみません、あがりで・・・」
「あらもうそんな時間?」ごめんなさいねまた長くなっちゃったわと、斎藤さんの背中をばしばしと叩く店長。つ、強し・・・。
さすがの斎藤さんも苦笑いだ。
「では、今日はこれで失礼する」
斎藤さんが出ていくと、また黄色い声が聞こえてきた。
イケメンって大変だ。


無事に着替えも終え、裏口を出たところで携帯をチェックすると実家から着信が3件。何かあったのではと急いで折り返すと母が出た。
「あ、かーちゃん?なした?」
聞けば、近所で母の好きな芸能人がロケをしていたのだと言う。すごくかっこよかったんだから!と
未だ高いテンションのまま話す母に若干イライラしてしまった。
「3回も電話あったっけ、心配したべ!」
ほんとびっくりさせないでよねと言いながら顔を上げると、そこにはさっきの「斎藤さん」が気まずそうに立っていたのだ。
母の言いかけた言葉を無視して急いで電話を切ると、どうしていいか分からず、視線をさまよわせる私。
「あ、あの・・・えっと」
「すまない、立ち聞きするつもりは無かったのだが・・・」
「いえ、いいんです・・・お疲れ様です・・・」
聞かれた・・・その事実で早くこの場から消えたいと、急いで斎藤さんの横を通り過ぎようとした。
「ま、待て!」
「何か・・・?」
「その、さっきは助かった」
「???」


どうやら彼は、打ち合わせが終わった後も、店長の無駄話にえんえん付き合わされていて、切り上げるタイミングを見失っていたらしい。
私がスタッフルームに来たおかげで、解放されたと。しかも、それを言うためにわざわざ待っていてくれたなんて。
「斎藤さんは優しいんですね」
少しだけ、冷たそうな人だと思ったけど、違ったみたい。
「・・・あんたも、家族想いなのだな」
・・・そうだった、さっきの聞かれていたんだ。
「その訛りは、東北か?」
「う・・・正解です。あの、みんなには言わないでもらえますか」
「何故?」
「だって・・・笑われる、から」
ふっと微笑んだ斎藤さんに、やっぱり馬鹿にしてると少し睨んでみれば
「かわいいと、思うがな」
「・・・・・・!は・・・!?」
予想外の言葉に間の抜けた声が出てしまった。
「ありのままの自分で居た方が楽だろう。肩の力を抜くと良い。来月、また会えるのを楽しみにしている」
斎藤さんの香りが近づいて、気づいたらふわりと頭をなでられていた。
「わ・・・」


街灯に照らされた斎藤さんの背中は、相変わらず美人だった。




翌日思いきってみんなと喋ってみれば、口をそろえて「何それ、超かわいいー!」
斎藤さんの言う通りだった。


おしまい




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