忘れもしない、高校二年の冬。
早いものであれから一年と少し。
あの冬から二度目の春を迎えた今、無事に本命の大学に合格することができた俺は、まるで何かに吸い寄せられているかのようにあの時の地まで戻って来ていた。
さして田舎というわけでもないが、都会というわけでもなく、何の変哲もないごく普通の地。
それでもこの地は俺にとって特別な場所だった。
「ミステリー研究会でーす!よろしくお願いしまーす!」
「アニメとか漫画とか好きな人は是非漫研までー!」
今日は大学の入学式。
式を終え、パリッとした新品のスーツを着込んだ一回生達がぞろぞろと講堂を出れば、そこには手にたくさんのビラを抱えた先輩達が待ち受けていた。
恐らくサークルの勧誘か何かだろう。
高校の時は新入生歓迎会だとかでまとめて部活動等の紹介がされていた気がするが、やはり大学というものは高校と色々なものが違うらしい。
今のところは何のサークルに入る気もない俺は、差し出されるビラを軽く手を上げて断り講堂を離れた。
この後は新入生を対象にしたオリエンテーションと学生証の発行が行われるらしく、俺は指定された講義室へと直行する。
講義室に着いた俺は適当な場所に腰を掛けた。
オリエンテーションが始まるまではまだ時間があり、講堂にはまだちらりとしか新入生は集まっていない。
さすがに早く着き過ぎたか、と。時間を持て余した俺はスーツのポケットから携帯電話を取りだした。
これは高校卒業と同時に初めて契約したもので本体や画面に傷はまだ一つもない。
まだ使い慣れない携帯電話を弄りながら、俺はあの冬のことを思い出していた。
あの冬、俺は携帯電話を持っていなかったことを酷く後悔した。
家族に散々、連絡を取りたい時に不便だから持てと言われていたにも関わらず、俺は頑なに携帯電話を持つことを拒んでいた。
そのくだらない意地が後で自分の首を絞めることになるとも知らず、携帯電話を持つことを良しとしなかった自分。
あの冬までは、自分の行動を悔いたことなど一度もなかったはずなのに。
彼女と出会ったことで、俺は色々な後悔の味を知った。
「ねぇねぇ、席って自由でいいのかな?」
「指示はないみたいだしとりあえず好きなとこ座っておけばいいんじゃない?」
そんなことを考えながら携帯電話で暇つぶしをしていれば、講義室には徐々に人が集まって来る。
高校が同じなのか複数人で固まって席を探している者、俺と同じように一人でやって来て適当な席を見つけ座る者。
その人だかりの中で、俺は髪の長い女を見つけては目で追っていた。
彼女は今も髪の毛は長いのだろうか。色は黒色のままなのだろうか。
そんなことを考える。
「すみません、隣、いいですか?」
「……!あぁ、構わないが……」
不意に横から掛けられた女の声に、俺は何故だかドキンと胸を跳ねさせた。
気のせいだろう。あるわけがない。だが…何処となく彼女の声に似ている。
俺は、そんな偶然があるわけないと分かっていながらも、少しの期待を胸に抱きながら声の方を向いた。
そのすぐ後だ。
俺が驚きのあまりに声を発することができなくなったのは。
「……あ、さい、と」
「………な」
奇跡だと俺は思った。
いや、確かにここは彼女の住んでいる地域にある大学で、彼女がこの大学に入学していても何もおかしいことはないし、俺自身もそういう期待を少しは抱きながらこの大学を受験したはずだ。
だが…
だが、それでも
今、目の前に現れた懐かしい顔を見ていると
これは奇跡なのだと
そう思わずにはいられなかったのだ
. [次 ]