「美味しい!さすが、京のお菓子は違うわね!」

兄様が隠れ家として借りている宿屋の一室で、私はお茶を飲みながら昼間買ったお菓子をつまんでいた。

琴のような形のお菓子を口に入れると爽やかな肉桂の香りとほんのりとした甘味が広がった。
京は街並みも歩いている人間達の服装や言葉も上品だけれど、お菓子までも雅やかだ。

「なまえ、西の鬼の頭領の妹ともあろうものが、田舎者のようなことを言うでない」

せっかく美味しいお菓子で京を満喫しているのに千景兄様が水を差すようなことを言う。

「いいじゃない。実際、田舎者なんだもの」
「おまえは我らの里を田舎だと愚弄するのか?」
「そういう意味じゃないわ。京の都に比べれば、他はどこも田舎だってこと。兄様も食べる?」
「フンッ。人間の作る菓子など不味くて口に合わぬわ」

そう言うと兄様は手酌で注いだお酒に口を付けた。
そのお酒だって人間の作ったものでしょうに。
フンだ。人間嫌いで気位の高い兄様なんて放っておこう。兄様がこちらを見ていない隙に「ベ〜」と舌を出し、私は今日の戦利品を畳に並べ始めた。

「えへへ、買い過ぎちゃった」

京には今日の昼すぎに到着した。
初めて上った京は見るもの全てが新鮮で、私は旅の疲れも忘れて夕方に兄様と合流するまで市中を歩き回った。
あまり時間がなかったから早足になってしまったけれど、お出汁の効いた美味しいおうどんを食べた後、あちこちのお店に入って美味しそうなお菓子や可愛い小物をたくさん買った。

一目惚れして買ったのはちりめん細工のうさぎの人形と同じくちりめんの巾着。
花模様の手ぬぐいは自分で使うためと里にいる友のお土産にと十枚も買った。
びいどろの簪を買った店では、使う機会はなさそうなのに、舞妓さんが使うという花かんざしもつい買ってしまった。
それから綺麗な絵が描かれた京紅の蛤貝。

せっかく京へ上るのだからとお小遣いはたくさん持って来たけれど、これでは直ぐに無くなってしまいそうだ。
でも、いいわ。無くなったら兄様におねだりすればいいもの。

鏡台の前に座り直し、花かんざしと京紅で舞妓さんごっこをしていると、ぬっと鏡に兄様の顔が映り込み、「フンッ」と馬鹿にするような笑いが頭の上から落ちてきた。

「なによ?」
「誇り高き鬼の姫が舞妓の真似事など………まぁ、よい。だが、浮かれるのもほどほどにしろ。俺はおまえを物見遊山のために京へ呼び寄せたのではない」

はぁ…、本当に兄様は楽しい気分をぶち壊しにするのが得意なんだから。

「分かってるわ!人間に捕らわれている同胞を助け出すためなんでしょう?」
「フンッ。分かっていればよい」

数日前、薩摩に力を貸すため京に上っていた兄様から文が届いた。
そこには滅んだはずの東で最も強い力を持つ同胞の一族の娘に出会ったこと、そしてその娘が人間に捕らわれているため、助け出すのに力を貸すようにと書かれていた。

そこまで読んだ時、人間相手なら兄様と、兄様と同じく京にいる天霧と不知火の三人だけでも十分なはずなのに、なぜ私まで呼び出すのかと少し不思議だった。
その疑問の答えは文の続きに書いてあった。

兄様は純血の鬼であるその娘を嫁として迎えるつもりらしい。けれど、兄様は仕事が残っていて京を長く離れることは出来ない。
だから兄様の代わりにその娘を守り、無事に里へ連れ帰ること、それが私の主な役割のようだ。

兄様のお嫁さん候補の救出と護衛という重大な役割を、兄様が私に任せてくれたことは光栄だったけれど、正直なところ、私はそれ以上に京に上れることが嬉しかった。
鬼の里で蝶よ花よと大切に育てられた私は今までほとんど里を出たことがなかったし、それに……

…兄様はこのお仕事が終わったら、私の縁談をまとめようとしている。

強い力を持つ貴重な純血の女鬼として、私の役割は兄様が選んだ強い鬼に嫁ぎ、たくさんの子を産み育てること。
子供の頃からそう言い聞かされてきたし、若き頭領として大きな責任を背負う兄様の背中を見てきたから、自分の将来が既に決められていることに不満はないけれど、まだ恋というものを一度もしたことがないのに嫁がなければならないのは少し寂しいと思う。
それに一度嫁いでしまえば、私は益々里の外には出られなくなるだろう。

私が自由でいられる時間はあと少しなのだ。

.

[]


戻る