「その様に覗いていたら気づかれてしまう」

「あっ、そうですね」

「来るぞ」そう一さんの囁きで門を曲がった土方さんが姿を現すと私達の元へ足音を鳴らしながら歩んできた。
あまりにも眉間に刻まれた皺が凄すぎて、ひっと声が出そうになるのを唇を噛んで耐える。
般若の様な形相の土方さんを前にしても一さんは顔色一つ変えずに見上げると、「副長…何かありましたか?」と白白しく口を開いた。
知っていながらもさも何も知らないと表情や態度一つ動揺など見せないこの人は本当に凄いと思う。
私なんていつ縁側の下の猫ちゃんがミャーと鳴いてしまうか、そこの場から飛び出してきてしまうかと考えては冷や汗が出てくるというのに。
此処でバレてしまえば私達も沖田さんと同罪で土方さんの恐ろしいお説教が待っていると思うと、生きた心地がしない私はただひたすら早くこの場から土方さんが立ち去ってくれることを祈っていた。

「ああ、総司がまた猫を連れて帰ってきたんだよ。斎藤しらねぇか?」

「はい。此方には来ていないですが」

「そうか、分かった」

そう言って立ち去ろうと歩きだした土方さんにホッとすると、下ろした足にフワリと擦り寄ってくる物体。
背筋がぞわっと粟立って「ひゃっ!」と声を上げてしまった私に、歩きだした土方さんは歩を止めて此方を振り向いた。

「どうした?」

訝しげに見る瞳は、何か隠してるんじゃねぇよなと詮索するように私を射抜いてじっと見つめている。
どう切り抜けようかと必死に考えても、真っ白になってしまった頭では答えなどもう導き出すことも出来ずに視線を漂わせた私の膝に置いた手に手を重ねて来た一さん。

え!一さん、土方さんの前でそんな事をしたら察しのいい彼に気づかれてしまいますよ。

「すみません、副長。俺が手を掴んだので驚いた様で」

「はぁ。そう言うのは二人ん時にしろよな。見せつけんじゃねぇよ」

そう言ってつかつか廊下を曲がって行ってしまった。

「はっ、一さん!気づかれてしまったのではないですか?」

「あそこではああ言うしか無いだろう。それに総司に気づかれていたんだ。副長が気づいていない訳があるまい」

「あ、確かに…そうですね。っひゃっ!」

またしても足元に擦り寄った猫ちゃんに吃驚して声を上げると、屈んだ一さんはヒョイっと猫ちゃんを抱き上げる。

「なまえに触っていいのは俺だけだぞ」

猫を、眼前に持ち上げて至極真面目な顔で言った言葉に頬が熱くなるのを覚えた。





「ねぇ、何赤くなってるの?」

「え?」

「思い出して赤面するなんてなまえちゃんもむっつりなんだね」

「むっ、むっつり!?」

煮干しを食べ終えたとしぞーを膝の上で撫でている沖田さんの言葉で戻ってきた私の意識がとしぞーと出会った日に飛んでいたんだと気がついた。

それにしても私がむっつりってどう言う見解ですか。
にやにや楽しそうに三日月にした口元で私を見て来る。

「あっ、むっつりは一君か。あはは二人は似たもの同士だね」

「ちょ、一さんはむっつりでも私はむっつりではありません」

少し大きな声を上げて反論すると、私な背後に人の気配。
ゆっくり振り向くと、少し機嫌の悪そうな一さんに、くつくつ笑っている沖田さん。
あれ…私、むきになって今なんて言ったっけ…
私はむっつりじゃないって訴えて…その前に…
思い出した私は血の気が引いたような感覚に焦って一さんを見上げるとふいっと視線をそらされてしまった。

「一君おかえり。じゃ、僕はお邪魔だから」そう言ってとしぞーを私の膝の上に乗せると飄々とその場を立ち去った。

沖田さんが居なくなった空間は重苦しく私の身体をずっしり重くする。
どうしましょう。むっつりなんて…謝ったほうがいいですよね。
でもなんて?今更謝ったら、尚更そう思っているみたいじゃないでしょうか。
一人おろおろとしている私の横に腰を下ろした一さん。

「あ、あの…」と口を開こうとするととしぞーが急に膝から飛ぶものだから捕まえようとして体制が崩れた私は一さん目掛けて倒れてしまった。

「は、一さん、ご、めんなさい」

今の状況に身体の底からじわじわ熱くなる体温。
だって、体制を崩したといって一さんを半分押し倒すような体制。
縁側に片肘を付いて、片方は私の背に回された一さんの手。
私は彼の上に覆いかぶさるように倒れ込んでしまったのだ。
傍から見たら今の私たちの体制は、私が襲うように一さんを押し倒したような格好で。
肘を付いた片方の一さんの手を見るとそこには煮干しが握られていて其れを食べているとしぞー…
そうか、匂いがしたのか其れをたべたかったのですね、としぞー。と場違いにに妙に納得してとしぞーを見ていると、背中に回った手に力が篭ったのが分かった。

「一さん?」

そう言いたかったのに最後まで口に出来ずに、後頭部を押さえ付けられると彼の唇へと導かれるように重ねられた私の其れ。
初めから舌を割り入れられて翻弄する彼の下使いに息も上がってきた頃にやっと唇が離れると、息も掛かる程近い距離でにやりと美艶に笑ってこう言った。

「俺はむっつりなのだろう?」と…

真っ赤であろう顔を見られないようにと彼の胸へと頬を押し付けると、彼の手をぺろぺろ舐めているとしぞー。

一さんと縁側…それに猫のとしぞー。

私の癒しの三点盛りのはずのそれなのに、今日は癒やされるより胸が高鳴って可笑しくなりそうです。



―終―



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