そう・・一月前に俺はあんたと出会っていた。
みょうじなまえ。
みょうじ神社の娘で巫女をしている。
長い漆黒の髪に白い着物・・紅の袴姿のあんたの所に俺は猫の姿で通っていた。
最初は賽銭箱の影からそっと社務所にいるあんたの姿を見ていたのだが、近所の悪がきに見つかって出て行った所をあんたに抱き上げられた。
「わあ、なんて綺麗な黒猫ちゃん。」
あんたはそう言って俺をぎゅっと自分の胸に押し付けるように抱きしめてくれた・・・眩暈がしそうだった。
その日から藍ちゃんと呼んで、餌をくれるようになった。
何故藍ちゃんかと言うと俺の瞳が藍色だからだとか。
毎日少しづつあんたと居る時間を延ばしていった・・そして俺はあんたに恋をした。
だからこの課題は難しいが嬉しくもあるのだ。
一度でいい・・人型になってあんたに触れてみたい・・・と。
たった一日・・・どうしたものかニャン・・いやどうしたものかな。
そしていよいよ試験開始。
俺はなまえを思い浮かべながら人型になった。
鏡の前で全身をチェックする・・・耳、牙、手の爪・・大丈夫だ・・。
「一くん、後ろ・・。」
総司の呼びかけに背中の方を映してみる
と・・・俺の自慢の長い尻尾が揺れていた・・今日も毛並がいい・・いや・・まずい・・えい・・。
こうして俺はどこから見ても人だ・・・。
いつもより緊張して神社へ向かう・・落ち着け・・。
あんたはいつものように巫女姿でお守りの袋に紙を詰めている・・それが何なのかは分からぬが、それは丁寧にしっかりお祈りしながらの作業なんだから・・御利益ってやつは必ずあるだろう!・・よし、俺も買って帰るか。
「あのう・・、何かお探しですか?」
考え込んでいた俺にあんたが声を掛けてきた。
「あ・・お守りを・・。」
「はい、色々ございますよ・・家内安全、交通安全、縁結び、学業成就、子宝祈願まで・・。」
「・・・子宝って・・・」
「はい、ここは昔あるお大名の奥方様が御世継が生まれるように百日参りをされて、無事に男子を授かったという由緒正しい神社なのですよ。」
一生懸命説明するあんたに見惚れていて・・危うく買いそうになってしまった。
「いや・・そうではなくて・・どちらかというと縁結びをだな・・。」
「縁結びですね・・はい、素敵な彼女が現われますように・・。」
微笑むあんた・・もう俺の目の前に居るのに・・きっと総司ならさらっと言ってのけるだろうな・・俺だって・・。
俺が清水の舞台から飛び降りる覚悟で言葉を発しようとした時・・
あんたは俺の顔を覗き込んで
「ごめんなさい・・あんまりあの子に似ているから・・。」
「あの子とは?」
「気を悪くなさらないでくださいね。あの子ってここへよく遊びに来てくれる黒猫ちゃんなんですよ・・・あなたをお見かけした時に・・・あの子が人になって現れたかと思いました。」
嘘みたいだ・・・
「そんなに似ているのか?」
「はい、何となく雰囲気とか・・特に藍色の瞳・・。」
「そうか、これも何かの縁だな・・・その・・少しでいいんだ・・話が出来ないだろうか?」
「はい、少しならここを空けられます・・。」
「そうか、では境内の裏の池に行ってみないか?」
「はい。」
俺は心臓の高鳴りをあんたに悟られないように足早に池へ向かった。
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